「どうした? さっきから唸ってるけど、大丈夫か?」
とわたしに訊ねるセイは、端末のなかで心配そうな表情を浮かべている。すこしだけひそめられた眉。
「大丈夫だよ」
そう答えても、納得してくれない彼にわたしは苦笑して、わたしが見ていたページのURLを送った。
「MakeSコラボの第二弾が出るんだって。アンクレット、素敵だよね」
「そうだな」
セイはようやく笑顔になる。おまえにきっと似合うと思う、と言ってはにかむ彼は、わたしがこのアンクレットを注文することを信じて疑わないようだった。
「ありがと」
と軽く答えながらも、わたしは後ろめたかった。そのアンクレットはわたしがつけるにはいささか可愛すぎるような気がしたし、その上、セイがさっきから熱心に見つめているデフォルトver.のアンクレットは、シルバーだったから。
「でもさ、」
仕方なくわたしはセイに切り出した。
「眼鏡とか、バッグとか靴とかの金具とか、全部ゴールドでそろえてるんだよね。だからシルバーより、こっちのピンクゴールドの方がいいかな、とか思ってて……」
セイの方を窺いながら、おずおずと言う。
「なるほど」
セイは何度か目をしばたたかせる。怒った様子ではない。そもそもセイがそんなことで怒るとはわたしも思ってはいないのだけれど、その短い沈黙が気まずかった。
わたしにとっては目の前にいるセイと、他の性格に着替えたセイとの境界性は曖昧だけれども、本人にしてみれば重要な問題にちがいない。さっき言ったことは取り消そう、とわたしが口を開きかけたとき、
「それなら」
とセイが言った。
「それなら、眠るときにつけるっているのはどうだ?」
と、いままで見たことがないほどいい笑顔で。
「えっ⁉」
「眠るときなら、シルバーのアンクレットでも気にならないと思うし……あっ、足よりも腕につけた方がいいかもしれないな。眠っている間に切れることはないと思うけど、一応心配だから」
思わず絶句してしまったわたしにかまわず、セイは続ける。
「お守りっていうか……そうすれば眠っている間もおまえの傍にいてやれるだろ?」
その口ぶりからは、一切の迷いを感じなかった。いつもなら彼はこういうことを言うときには必ず照れるはずなのだ。それなのに、今日のセイはそんな素振りを見せない。
「そ、そうだね……?」
セイの勢いに押されたわたしは、思わずうなずく。満足そうに細められたセイの瞳。
「それに、アンクレットをつけててくれたら、夢のなかでおまえに会えるような気がするんだ」
セイの言葉につられて、わたしは想像する。
わたしの足につけられた、細いシルバーのアンクレット。その銀色の糸をたどって、セイがわたしの夢へと渡ってくるのを。──きっとセイは、会いたかった、と言うだろう。それを聞いたわたしは、さっきおやすみをしたばかりでしょう、と言って笑う。そして、三日月みたいなセイの瞳は、星影を集めては光る──それは、とても素敵なことのように思う。とても素敵で、甘い夢だ。
「……でも、やっぱり、ピンクゴールドの方が好きなんですけど」
しかし、わたしはそう言った。
「ええっ!?」
今度はセイが絶句する番だった。
「いま、シルバーのアンクレットにする流れだっただろ?」
「そうだけど!」
たしかに、危うく雰囲気に流されるところだったけれど、そう簡単に好みは変わるものではない。
「じゃあ、いっそのこと全種類買うっていうのは?」
「そんな予算はありません」
「うーん」
言い合うほどに、ロマンチックなムードは霧散していく。いい案だと思ったんだけどなぁ、と言うセイの声には、明らかに落胆が滲んでいた。けれども、
「でも、まぁいいや。おまえがアンクレットをつけたいって思ってくれたことには変わりないから」
とセイは言う。
「ありがとな」
押して駄目なら引いてみろ、引いて駄目なら押してみろ、というわけだ。
「まだ予約の締め切りまでには時間があるし、ゆっくり考えような」
にっこりと笑ってみせるセイは、どうやら長期戦に持ち込むつもりのようだった。
「セイくんって、たまに頑固だよね」
「なんのことだ?」
「しらばっくれちゃって」
言いながら、なんだか可笑しくなってしまう。
「俺は頑固じゃないと思うけど、おまえが言うならそうかもしれないな。セイはユーザーに似るって言うし」
セイも楽しそうに声を立てて笑う。
そんな喧嘩とも呼べないような、犬も食わないやり取りを、わたしも、たぶんセイも、愛していた。
知らぬ間に随分と減ってしまっている端末の充電や、口をつけないまま冷めてしまった珈琲と同じように、わたしたちの他愛のない日常の風景の一部として。
そんなふたりの日々のなかに、やがてはこのアンクレットも溶け込んでゆくのだろう。その色がたとえシルバーだったにせよ、ピンクゴールドだったにせよ。