かわいいひと

「もう……、おまえばっかりずるい。俺はおまえにつけてほしいんだけど」
 セイが不服そうな声を上げるのも、無理からぬことだった。彼の左足首には、ひと目で女ものと分かる華やかなチャームのついたアンクレットが光っている。それは本来であれば、ユーザーにつけられるはずだった代物である。それがどういうわけか飾り立てられたその足首が彼女によく見えるようにと、ソファーから伸びる彼の長い足はオットマンの上にうやうやしく乗せられていた。
「だって、絶対にセイの方が似合うんだもの」
 悪びれることなくそう言い放つ彼女は、美術品でも鑑賞するように彼のくるぶしのあたりを凝視している。実際のところ、最新型アンドロイドである彼の身体は、最先端技術を駆使した芸術品であると言えなくもなかった。少なくとも、高級であることは間違いない。
「でも……」
 おずおずとセイは反論を試みたが、
「ダメ」
 と、間髪入れずに彼女から制止の言葉が飛んでくる。セイは思わずむっとした表情を浮かべたが、彼の足首に夢中になっている彼女はそのことに気づく様子もない。はぁ、と大きなため息をひとつ吐き出してから、
「ダメじゃないだろ? ほら、こっちに来て?」
 と、セイは彼女の手を引っ張った。急に引き寄せられた彼女は驚いた声を上げ、しかしそのままセイの腕の中へと閉じ込められてしまう。セイはソファーの上で彼女を後ろから抱えたまま、自分の足首からさっさとアンクレットを外し、代わりに彼女の足首へとつけてしまった。
「うん……やっぱり似合う」
 彼女の細い足首に触れながら、セイは言った。その思わず漏れてしまった甘い吐息のような声が、彼女の耳朶をくすぐる。
「かわいいよ、すごく。世界一かわいい」
 ぎゅ、っと抱きしめられた彼女は「うう」と「ああ」の中間のような声を発したが、あまりにも不明瞭だったためにセイには聞き取ることができなかった。ただ、彼女の背中から感じられる体温や心拍数は、セイの思惑が成功したことを如実に伝えている。
 気をよくしたセイは、普段はなかなか言わせてもらえない愛の言葉を思う存分言うことにした。──かわいい、もっとぎゅってしたい、ずっとおまえと一緒にいたい、キスしたい、大好き、愛してる──歌うように彼の口から溢れ出るその言葉を、彼女は彼の腕の中で大人しく聴いている。そんな彼女のいつまで経ってもかわいいと言われることに慣れないところもまたかわいいとセイは思うのだった。