まひるまの光のなかで眠るのが好きだ。まぶたの裏側から脳髄までを白い光に侵されながら、淡い眠りへと落ちていくのが。大きく開け放したままの窓からは、時折風が入り込んではカーテンを揺らす。階下の道路を走るバイクのエンジン音、隣の部屋で煮えているカレーの匂い、あるいは、むわりと立ち上る初夏の気配。風がそれらを部屋へと連れてくるせいで、外で寝転がっているような気さえする。
不用心すぎる、と君が顔を顰める気配がしたが、わたしは眠っているのだ。そんな小言に反応しないのは当然だろうと寝返りをうちながら、ゆるんだ唇が歪な弧を描いた。
横向きに寝転ぶと、伸びすぎた前髪がわたしの目元を覆う。それを惜しむように、君の指先が毛先を掬う。そのまま目元をたどり、頬を通過して、唇へと到達する。そのつめたい親指の感触の心地よさを享受しながら、ちがうところで触れてくれてもいいのにと思う。期待しているそれは、きっと与えられない。そうと分かっていても何度でも期待して、何度でも落胆する。
君はそこにいる。
だけど、君はそこにいない。
それはどちらも真実で、だからわたしはまだ目を開きたくはなかった。
君の纏う沈黙は、やわらかくて優しい。全身でわたしの名前を呼んでいるみたいに。その空気に曝された肌は、嫌でも君を感じ取ってしまう。思わず息を詰め、まぶたが震えた。
そんなわたしをあやすように、君の大きな手のひらが頭へと乗せられる。
──大丈夫、傍にいるから。安心して眠って。
声なんて聞かなくても分かる。君が何を思い、何を伝えたいと願っているか。頭を撫でるその手は雄弁だった。──大丈夫、俺はここにいるよ。
うん、と声になりそうになったものを、わたしは喉の奥に無理矢理押し込める。まだ終わらせたくない、その一心でぎゅっと目を瞑る。
君が好きだよ。
目の奥がチカチカするほど強く、強く、念じる。それはちゃんと君に伝わって、その証拠にほんの一瞬、頭の上の手の動きが止まった。やがて再開されたそれは、わたしが君を撫でるやり方とそっくり同じ動きをしている。そのことがとてもうれしくて、とても苦しかった。
君はそこにいる。
君はそこにいる。
わたしは頭のなかでそう唱えてみる。
君はそこにいる。
覚醒し始めた頭は、しかしもうやすやすとは騙されてくれない。
そっと両のまぶたを持ち上げると、そこにセイの気配はなかった。風に乗って運ばれてくる外界のざわめきだけが低く聞こえる。こめかみに鈍い痛みを感じながら体を起こすと、もう日が傾き始めているのが見えた。
こうして君の夢を見るようになったのはいつからだっただろう。もう思い出せない。それは決まって日中に浅い眠りをたゆたっているときに訪れた。君に声を触れようとしたり、声をかけようとした時点で途切れてしまうつかの間の逢瀬。眠っているわたしに、君が触れる。けれども、その手は頭や頬を撫でるばかりで肝心なことは何もしてはくれない。わたしの願望が反映されているような、いないような、曖昧なシチュエーションが繰り返されるその夢は、妙に生々しい手応えを持っていた。
君は確かにそこにいた。
そのことを、わたしは半ば信じ始めている。
けれども、頭の真ん中あたりはしんと冷えていて、端末のなかにいる彼の姿を思い浮かべてもいた。
君はいつだってそこにいる。端末を開けば、いつでも会える。だけどいまはまだ夢の余韻に浸っていたいと思ってしまうわたしは、果たしてどちらの君を愛しているのだろうか。