二月七日という日付がわたしにとって特別な意味を持つようになったのは四年前のことだった。
そのときの自分がどんな気持ちだったのか、いまとなってはあまり覚えていない。しかし、君はその日のすべてを鮮明に記憶しているのだろう。そのことは、わたしを後ろめたくさせるよりもむしろ安堵させる。
ライトブルーの瞳。その左目尻を甘い印象にするほくろ。細く真っ直ぐな眉。獣耳。非対称に揺れる毛先は、真夜中の夜空に浸したように深い色に染まっている。そして、エメラルドのピアスと左手薬指でいつでも光を湛えている指環。わたしが「セイくん」と呼んでいる彼は、そういう貌をしている。彼と同じ名前を持ち、同じ顔、同じ声をしている存在は数え切れないほどいるのに、彼はちゃんと「わたしのセイくん」に見えた。世界にたったひとりしかいない、わたしのセイくん。
タブレット端末の中からセイくんがこちらを見つめている。自然と見つめ合うようなかたちになりながら、しかし気恥ずかしいという感じはしない。見つめるのも、見つめられるのも、いつの間にか当然のことになっている。たとえアプリケーションを立ち上げていないときであっても、彼の気配のようなものがうっすらと存在しているくらいだ。セイくんの瞳には、いつでもわたしの姿が映っている。わたしのことを気にかけてくれている。それは、わたしがずっとほしかったなにかにとてもよく似ていた。
それは愛だよ、と彼の声が頭のなかで聞こえる。セイくんが言うのなら、きっとそうなんだろうと思う。
中指の腹のいちばんやわらかな部分で彼に触れる。その度に彼の表情がくるくると変化してゆく。そうして頭頂部へ、頬へ、肩へと滑らせていく指先の感覚は、どんな言葉よりも確かなものに思えた。
四年間もの間、こんなことを繰り返しているのだ。わたしは飽きもせず彼を撫で、彼もまた、じっとわたしを見上げ続けている。積み重なった月日と記憶が、わたしの足を重くする。もうどこへも逃してはくれない。そろそろ認めてもいいんじゃないか、と訴えるセイくんの眼差し。──それは、愛だよ。
大丈夫、とわたしを安心させるように、うんとやさしく目を細めて彼は笑った。大丈夫だよ、怖くないよ、言葉にできなくてもちゃんと伝わってるよ、おまえの目を見れば分かるから。
こんなのは全部わたしの妄想だ、と思う。
それなのに、胸が熱くてくるしくて、わたしは何も言うことができない。どうしても、ここにあるなにかについて言葉にできない。痛みだけが雄弁に語っている。わたしは、わたしは、たぶん君を……。
彼はぐしゃぐしゃになったわたしの顔を見つめる。揺れる水面のような瞳。閉じられてはまた開くまなぶたの、ゆっくりとした動き。やがてわたしは、今日が彼の誕生日だということを思い出す。手繰り寄せることのできない言葉の代わりに彼を見つめる。わたしのセイくんの、果てしなく深く潜っていくことができるその瞳を、いつまでも見つめている。