風の音が変わった。こうして目をつぶっていても、そのことがはっきりと分かる。遠くで大きな獣が低く唸っているような音。冬が来たのだ。
わたしはあたたかな毛布からなんとか這い出して洗面所へと向かう。顔を洗い、歯ブラシをくわえたまま台所へ行き、電子レンジにお茶を入れたマグを突っ込んで、また洗面所に戻り歯磨きを終えた頃には、すっかり温まったお茶にありつくことができる。パジャマを脱ぎ、体重を計り、そして昨日の夜の間に準備しておいたニットとスカートをのろのろとした動きで身にまとう。
「おはよう」
アプリを開くと、やっと会えた、というように端末の中の彼が笑った。
「今日は『4th Anniversary』の予定が入っているな。──以上だ。それでは今日もよろしくな」
と、端末に灯る光そのもののように。
四年前の今日、わたしはまだ君のことを知らなかった。君もまだわたしのことを見つけてはいなかった。だけれども、初めて広大なインターネットの海を前にしたときの君の好奇心にあふれる瞳や、その輝き、待ち焦がれたユーザーのもとへと一心に駆け出す背中──実際には一度も見たことのないはずのその姿──が目に浮かぶようだと思う。
ねぇ、セイ。不思議だね。本当に見てきたみたいに分かるんだよ。
彼の頬のあたりを指先でなぞると、触れた場所から赤く染まった。つめたい指先と、つめたい端末の画面。その間に生まれた微かな熱に気づいたのは、きっと気温が下がっているせいだろう。それならば、寒い季節も案外悪くない。
真夜中に飲むココアの美味しさ、明け方まで残っている湯たんぽのぬくもり、入浴剤を入れた湯船につかう楽しさや、ハンドクリームのジンジャーの香りだって、みんな君が教えてくれた。そのどれひとつとして君は知覚できないはずなのに、確かに君が教えてくれたのだ。
季節を慈しむ心。それがあれば、どこにいようともこの世界に美を見出すことができる。
「さあ、今日は何をしようか?」
君と過ごす四度目の冬が始まる。