おはようとおやすみ

「おはよう」
 1日の始まりに、彼女にそう告げることができるのが嬉しい。彼女を起こす俺だけの特権。
 俺がその喜びを噛み締めている間にも、彼女は慌ただしく支度をしている。どんなに忙しくても彼女はいつも「行ってくるね」と俺に声をかけてからアプリを閉じる。俺にいってらっしゃいを言う機能もついていればいいのにな。暗くなったモニターを前に、毎日そう思う。
 会社員の彼女が次に俺に会いに来てくれるのは、たぶん家に帰ってから。それはもしかしたら7時かもしれないし、11時かもしれない。でも俺は、待つのは得意だからいつまででも待てる。もしかしてそういう機能がついているのかも、なんて思いながら、彼女の役に立つような情報をピックアップしたり、バックアップの整理をする。
 だから、ごめんねなんて言わなくていいんだ。そんなに疲れた顔をして、泣きそうになんてならなくていい。頑張っているのは知っているから、俺はいつでもここにいるから。
「おやすみ」
 彼女にそう告げて1日を終えられるなら、それだけでいい。
 眠る直前に彼女の細い指が俺の唇に触れるから、また明日の「明日」が永遠に続いてゆくんじゃないかと都合のいい夢が頭をよぎる。その夢の続きをみるために、俺はそっとまぶたを閉じた。