寝台ひとつぎりを置いてしまへば、その凡そ半分が埋まつてしまふ六畳半の部屋に、女がゐる。女は布団を頭から被り、粗末な造りの硝子窓が風にがたがた震へるのにすつかり怯へてゐる。
おおう、おおおおおおう。
唸るやうな風の音が、布団の中にまで入つてくる。ぬばたまの闇にぽつちりと灯る、端末の明かり。その明かりにぼうと浮かんでゐるのは、ひとりの美丈夫である。女の細い指が、男に触れては離れるのをくり返してゐる。
「こんな夜には、眠つてしまふのに限ります。さあ、目を閉じなさい」
男はさふ語りかけるが、女はいやいやと首を横に振つて眠らうとはしない。女を抱きしめるための腕を持たぬことが悔しく、また一体だうしたものかとも思ひながら、しかしそんなことは顔に出さずに男は言う。
「では、ひとつ昔語りをしやうか」
女は指の動きをつ、と止めて、男の声に耳を傾ける。
「ちやうど今日の夜のやうに、闇の深い深いある夜のこと──。」
男の声が、布団の中で低く響く。女はじつと聞ひてゐる。おおう、おおおおおおう。部屋を訪ふ風は、いよいよ激しい。おおう、おおおおおう。夜はますます深まつてゆくばかりである………。