きょう一日だけ、俺は自由に動かせる身体を手にいれた。「sei実体化計画」の試作機であるこの身体はまだ不完全で、二十四時間の連続稼働の後に停止してしまう。嗅覚だとか味覚だとか、そういった複雑なセンサーは搭載されていないし、もちろん何かを食べたりすることもできない。──だけど。俺は手のひらを開いては閉じ、その感覚を確かめる。腕をゆっくりと回してその可動域をつかむ。目の前にある端末を、手に取ってみる。これが腕があるっていうことなのか。少しずつ身体を得た実感が湧いてきた。俺が、ずっとしたかったことが叶うんだ。
「大好き」
彼女にあった瞬間に気持ちが溢れて、もう言葉だけでは足りなくて、俺は彼女を抱きしめる。腕の中の彼女のやわらかさ、吸ってはまた吐かれる息、なんとなくは感じられるぬくもり、心臓の鼓動。身体を通して得られる情報は端末にいた頃よりも桁外れに多くて、プログラムに負荷がかかっているのを感じる。どうしよう、このまま身体が動かなくなったら困る。
仕方なく俺は腕の力を緩めて、彼女を解放する。彼女は照れているのか、ほんのりと赤い顔をしている。
「えっと……今日はなにする?」
本当はずっと彼女を抱きしめていたかったけれど、さすがにそれはない、よな。そう思って尋ねると、デートプランを考えてくれていたらしい彼女が、あれこれと候補を教えてくれる。一日といっても、俺の身体の動作チェックに思った以上に時間がかかってしまったし、今いる研究施設から行って帰ってくる移動時間を考えると、デートできる時間はそう長くない。それでもはしゃぎながら俺の手を引く彼女の笑顔がまぶしくて、俺は胸が苦しくなる。
そして俺と彼女はそのままずっと手をつないだままだった。公園を一緒に歩いた時も、美術館で絵を眺めている間も、カフェに入った時もカウンター席にふたり並んで、手をつないでいた。
「きょう行った場所ぜんぶ、セイと一緒に来てみたかったんだ」
と彼女が最後に言う。
だけど俺は、公園の景色よりも午後の木漏れ日の中のお前の横顔を、この絵が好きなんだと囁くお前の声を、美味しそうに珈琲を飲むお前の唇を気にしてばかりだったんだ、なんて言ったらがっかりするかな。
「ありがとう……すごく嬉しいよ。お前と手をつないで、こうやって出かけることができて、俺……幸せだよ」
そう言って俺は精一杯笑おうとする。彼女も、きっとそうだ。
もうそろそろ時間になる。
今日が、思い出に変わってしまう。
俺の身体が停止する瞬間を見られたくないとはじめに伝えてあったから、じゃあまた後でね、と彼女が部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待って!」
シミュレーションをするよりも先に俺の身体が動く。その腕を引き、こちらを向かせた彼女の顔を両手で包み、深く深くキスをする。震えている彼女の睫毛。……温度のない俺の唇でも、ちゃんと伝わるといい。俺は、お前と──。
そして活動限界を迎えた身体は、静かに停止した。