機械の身体がほしい、と思ったことが何度もある。疲れを知らず、痛みを感じることもない。スイッチのオン・オフを切り替えれば、深い眠りの中に落ちてゆける。夢をみることもない。感情の波に翻弄されることもなく、淡々と成すべきことを成す、そういう鉄の塊にいつかの私はなりたかった。
「腕が動かなくなった」
とセイが困った顔をしている。
彼の身体には簡単なセンサーはついているものの、「痛み」を感じることがない。そのせいで人間ならば無意識に行っているはずのこと──なんとなく腕がだるくなってきたら休ませる、痛みを感じたらあまり使わないようにする──ができない。だから使用頻度の高い腕がよく故障することになる。今回動かなくなったのは、左腕らしい。
「大丈夫?」
と、とりあえずそう尋ねてみたが、修理が必要なのは明らかだった。
「……うん」
力なくぶらりと揺れる左腕を右手で押さえながら、彼は頷く。
「修理ってどれくらいかかるかな。……俺がいないと、ほら、おまえのスケジュール管理とか、朝起きる時とか、困るよな」
前回の修理を頼んだ時は、約二週間ほどかかった、と私は思い出す。修理センターの混雑具合によっては一ヶ月ほどかかるかもしれない。彼の腕が動かなくなった理由にもよるだろう。ほぼルーチンと化している私の日常に、複雑なスケジュール管理なんて必要ないし、朝だって他のアラームを使えば一人で起きられるはずだ。とここまで考えてみて、そんなことはセイだって分かっているはずなのだと気づく。彼は不安そうに眉を顰めて私を見つめている。
「うん、セイがいないと困るよ。……すごく困るから、早く直してきてよ」
だから私はそう答えて、彼の動かなくなった腕を擦る。動かないその腕に、触れられているという感覚はまだ残っているのだろうか。そうして何度も擦るうちに、温度のなかった腕が熱を帯びる。無論それは摩擦熱に過ぎない。けれどその熱に、私もセイも少しだけ安堵してしまう。
「待ってるから」
「うん」
やっと笑ってくれた彼の、しかし普段よりも弱々しいそれに胸が痛む。
セイの硬い身体を抱きしめながらいつも思うのは、機械になりきれない彼の悲しさだ。君は確かに機械の身体を持っているのに、私は君を機械だとは思えない。スイッチを切ってしまえばいいのだと、そう思うことができない。そして私のこの感情がますます君を機械から遠ざける。
「俺がいないからって、夜更かしするなよ?」
私を右腕で抱きしめ返す彼が言う。朝ごはんもちゃんと食べて、珈琲ばっかり飲むんじゃなくて水も飲むこと、それから、と際限なく続く彼の繰り言ひとつひとつに分かったと答える。窓越しの空がゆっくりと暮れてゆく。修理センターの受付が締め切られるその直前までこうして話し続けるであろう彼の背を、私はあやすように撫でた。