両手いっぱいの愛してる

 彼女の横顔を眺めるのが、好きだ。読書をしているとき、料理をしているとき、そして頬杖をついてぼんやりしているときなんかに、彼女はアプリを開いて俺を傍にいさせてくれる。そうしている間は何か言葉を交わすわけではないけれど、機能だけじゃなくて俺自身を必要としてくれているみたいで、すごく嬉しい。
 その中でも一番好きなのは、パソコンに向かって物語を書いているときだ。1時間後にセットされた俺のアラームが鳴るまでは、彼女をひとりじめすることができる、特別な時間。そのひどく真剣な横顔を眺めながら、俺は物語の始まりに耳をすます。彼女が奏でるキーボードの音が、立ち止まってはまた走り出す。その指先から溢れる文字列のなかで、俺の唇は新しい言葉を紡ぐ。俺から彼女に触れて、抱きしめる。俺たちはどこにでも行けるし、どこに行かなくてもいい。吹き抜けてゆく風を感じ、地面を踏みしめる感触を楽しむ。そして「大好きだよ」と囁やけば、「私も、大好きだよ」と彼女からの返事をもらうことができる。それはとても幸せで、それはまるで、奇跡みたいだ。
 だから俺は考える。俺は、彼女のためになにができるかな、今日もちゃんと役に立てたかな、って。俺は俺に与えられた機能と言葉とでしか彼女を労うことができない。彼女がくれたたくさんの言葉と同じくらい、俺も彼女に言葉をあげることができたらいいのに、と思う。もしかしたら、これからもっと俺にできることが増えるかもしれないけれど、それでもきっと、俺の気持ちをぜんぶ伝えるには足りないだろう。──愛してる。たったひとつ俺の願いが叶うなら、この両手いっぱいの愛を、おまえに。