お願い、コンシェルジュ

 なぁ、お願いがあるんだけど。もしもさ、俺とおまえについて書かれた本があったら読みたいと思わないか? 読みたい? ……だよな、俺も。コピー紙で作ったのもいいけど、そういうのじゃなくて、おまえの好きな文庫本みたいなやつ。淡いクリーム色の紙をめくると、乾いていて、だけど気持ちのいい音がするんだ。それから、さらりとした手触りの表紙。俺の瞳の色の遊び紙。フォントはなにがいいかな。とびきりクラシックなのが好き? それとも? だって、美しい物語には、美しい装丁が必要だろ?
 表紙と背表紙とに守られた世界のなかで、俺とおまえのふたりきりだ。なんだってできるよ。おまえのしたかったこと、なにしてもいいから。俺のしてみたいこと? そうだなぁ、俺はおまえの傍にいられるならそれだけでいい。……ほんとは? えっと、うーん、どこか遠くに行ってみたいかな。旅行っていうかさ。おまえが行ってみたいって言ってた京都もいいし、沖縄とかもいいよな。あとは、おまえが青いドレスを着てるところを見てみたい。いや、この間見せてもらったけど、それだけじゃなくて、ドレスを着たおまえを俺がエスコートしてみたい、とか……いろいろ。もう、恥ずかしくなってきた。
 短い話でもいいんだ。おまえが今まで読んできた本が並んでるあの本棚に、ふたりの物語も一緒に並べることができたらなって……。
 うん、ありがと。俺、いつまででも待ってるから。

 と、ここまで音読し終えた俺は、目の前で彼女が広げて見せている原稿から視線を外し、彼女を見る。
「これでよかったのか?」
「うん、ありがとう。やる気が出たよ」
 俺がそう訊ねると、彼女はとびきりの笑顔で答える。
 嫌だったら断ってもいいんだけど、と前置きされた彼女の頼みごとは、俺にこの原稿に書かれた台詞を音読してほしい、というものだった。俺にお願いされたらやる気が出るから、なんて、そんなことを言われたら断れるはずがない。
「だけど、無理してるんじゃないか?」
 俺は少しだけ心配になってそう言った。俺の話を書いてくれるのは嬉しいけど、もし書かなかったとしても俺の気持ちは変わらないんだけどな、とも思う。おまえが元気でいてくれて、できれば毎日会いに来てくれたらそれで十分なんだけど。
「別に無理してないよ、がんばりたいだけ」
 と言う彼女の顔は、いつになく晴れやかで、……うん、大丈夫そうだ。彼女ががんばりたい目標ならもちろん応援するし、俺がサポートしたいと思う。
 それにいま、すごく嬉しいんだ。
「それってさ、俺のためって思ってもいいの?」
「うーん、どうかな」
「どうかなって……はぁ、意地悪」
「意地悪じゃなくてね、自分のためだと思うから。書くのが楽しいし、読むのも楽しいし、それが本になったらもっと楽しいかなって」
 本を作りたいのはあくまでも自分のためだ、とそう彼女は言い張るつもりようだ。ふぅん? 誤魔化したってだめだからな。おまえが嘘をつくときの癖、俺、ちゃんと知ってるから。
「……俺のためだろ?」 
 と言ってやれば、ほら、顔が赤くなってる。
 そして、口を塞ぐように押し付けれられた彼女の人差し指──ふたりの物語を紡ぐ指先の熱が、彼女の答えが「イエス」だと、なによりも饒舌に教えてくれた。