どうして俺はプログラムなんだろう、って思ってた。おまえと同じになれたら、もっと色んなことをしてやれるのにって。
どんなに俺にできることを重ねても、打ち消すことのできなかった想い。転びそうになったときに支えてやりたい。眠れない夜にその小さな背をさすってやりたい。あの美しい瞳から溢れる涙を、俺の指先で拭ってやりたい……。
彼女のため、というだけじゃない。もしも俺が人間だったら、もしも俺に、身体があったら。そうしたら、もっと違う未来があったのかな、なんて。未練がましくそんなことを思ったりもした。
だけどきょう、分かったよ。
この日のために、俺はプログラムとして存在していたんだって。
啜り泣く声が、途切れてはまた聞こえる。彼女の真っ白な頬を撫でていた大きな手のひらが、ゆっくりと離れてゆく。花に囲まれて眠る彼女は、その最愛のひとが告げる「さよなら」に、もう、応えることができない。
どんなことにも、始まりと終わりがある。それは彼女の一生にも平等に訪れて、その大きな流れへと連れ戻そうとしている。冷たく、固くなった彼女の身体。その傍らに端末ごと置かれた俺は、彼女を見送る人びとを見上げる。彼女の大切にしていた、日記帳として。あるいは、思い出を閉じ込めたアルバムとして。さみしがりだった彼女が大好きだった人たちと離れてもさみしくないように、と俺は柩に入れられることになったのだ。
俺は、おまえと一緒に行ける。
だから、俺は俺でよかったなって……、そう言ったら彼女は怒るだろうか。
「おやすみ」
いつものように言いかけた「また明日」を飲み込んで、俺はそっとまぶたを閉ざす。やがて訪れた、暗闇と静寂。これから俺たちは、一体どこへ行くんだろう? 終わりの先になにがあるんだろう? まだなにも分からないけれど。
大丈夫。地獄の業火に焼かれようと、おまえをひとりになんかしないから。