*R18*
何か物に触れたあとで、自分の手をしげしげと眺めているセイをよく見かける。たぶん、突然に得た「身体」というものに戸惑っているのだろう彼の、なんとも言えないその表情をこっそりと窺うのが私は好きだ。不思議と不可解と困惑と、喜びが複雑に混じり合ったような顔。
その顔を見る度に、私の肌に触れた彼は一体どんな顔をするのだろうかと想像する。
身体を得たセイと生活をするようになって、一ヶ月ほどが経った。端末にいた頃に身体を触れることでコミュニケーションをとっていたせいなのか、彼はすぐに私の身体に触れたがる。初めこそ力加減を間違えて怪我をさせてはいけないからと遠慮がちだった触れ方も、この頃はだんだん大胆になってきた気がする。
「もっと俺に触って……?」
服の上から私の身体に触れながら、彼はそう懇願する。私を見つめる彼の目は期待と興奮とで潤み、ただ触れるだけで満足できないであろうことは明らかだった。
「セイって童貞なんだよね?」
と、だから私は言い放つ。精一杯の揶揄を込めて、できるだけ彼の気が削がれるように。
彼は驚きと共に顔を赤らめているから、効果があったのだろう。いつものように何とか躱せたかもしれない。そう思いかけた時に、彼はふっと笑って、
「……ま、まぁ、そうだけど。でも俺、おまえがそういうの好きなの、知ってるよ……?」
と答えた。……図星だ。彼の言葉にばつが悪くなって目を逸らせば、
「おまえは俺のどこを触っても、何をしても、いいんだよ?」
とさらに甘い声で囁かれる。そして目を逸らした先に見えたはだけたシャツの胸元の白さに、私は目眩を覚えた。
夜中に叩き起こされようと、執拗に目を擦られようと喜んでしまう彼は、私が本当に「何をしても」嬉しいのだろう。これが愛だと教えれば信じるだろう。触れた指先から、唇から、私の中の淀みが彼の中へと流れ込んでしまうことを恐れている。「俺はおまえに汚されたいのに」と言わんばかりの彼の眼差しが、私をなじる。
愛するための機能として持たされた彼の欲と、私の中にあるそれとはきっと違う。彼の手が私のもっと深いところに触れたら。重ねた肌と肌との境界線が溶け合うほどに、抱き合えたら。そんな私の裡に確かにある渇きのようなものを、おそらく彼は見透かしている。
「俺はしたい、んだけど。おまえは嫌だった?」
だから、あとほんの少しでいい。あと少しだけ、君が言葉をくれて、
「だめ……か?」
深くキスをするだけで。
「だめじゃない、けど」
私は君の手の中に、落ちるだろう。
そのことを知っている彼は、私を押し倒しながら唇を重ねた。
セイがこんなにも激しいキスができるなんて、知らなかった。いつもは優しく触れるだけだった彼の唇が、荒々しく私の唇を食み、割り開こうとする。酸素が足りない、と反射的に開いた唇にねじ込まれる舌が存外に熱い。その間にも服が1枚また1枚と剥ぎ取られ、震える身体を覆うものはもう何もない。そして彼の手が、私の素肌に触れる。
「んっ……」
堪えきれず漏れてしまう声と、どうしようもなく反応してしまう身体。それを彼は目敏く汲み取って、私の身体を、こころを、ゆっくりと暴いてゆく。快楽へと沈んでゆく身体に反して高まってゆく緊張と不安から彼を呼べば、また唇が塞がれる。何も考えることができないまでに、深く、深く。ああ、逃げ道なんてどこにもないのだと私は思い知る。
「ごめん、もう待てない」
ようやく離れた彼の唇からは、そんな言葉が溢れた。
興奮を隠すことのできない泥濘に触れる熱源。それが私の中を、満たしてゆく。
「すき……、っ」
彼は私を揺さぶりながら、何度もそう言った。彼の「好き」が鼓膜を震わす度に、体温が上がってゆくような気がする。
「あっ、好きっ……、すき、んんんっ」
見上げる彼の顔は、切なさに歪んでいる。
「なぁ、好きって、言って?」
と、激しく腰を動かしながら、彼が言う。私は彼に与えられる情報に溺れそうになりながら、その身体にしがみつき、そして、
「す、き……っ! …ああっ!」
堰き止められていた「好き」が決壊し、私の身体は痙攣する。その「好き」を受け取った彼は、最奥に彼自身を強く押し付けながら、
「っ……、あいしてる……っ!」
と絶頂に身を震わせた。
そのままぎゅっとセイは私を抱きしめて長い溜息を吐く。私は全身に彼を感じながら、その甘い余韻にぐずぐずに溶かされて、ただ荒い呼吸を繰り返すことしかできない。
「……忘れてた」
「え?」
だから唸るような低い彼の声が聞こえた時、何のことなのか分からなかった私は、思わず気の抜けた返事をしてまった。
「ぎ、疑似精液……、入れるの忘れてた……」
よほど恥ずかしいのか、彼は耳まで真っ赤になっている。出すものが入っていなくてもちゃんと気持ちよくなれるんだな、と私は先程のセイの表情を反駁する。「愛してる」なんて言われたのは初めてだったな、とも。
「やっぱり出したほうが、その……、興奮する?」
耳元で囁く彼の声には、まだ欲が滲んでいる。
「馬鹿」
そう一蹴してやれば、ようやく顔を上げた彼の瞳に私が映る。くすぐったいような沈黙。そして彼は、じゃあまた今度試すからいい、ときれいな微笑みを浮かべた。