あなたは「sei実体化計画」のモニターに選ばれました。

*R18*

選べるオプション

 「sei実体化計画」。噂には聞いていたけれど、そのモニターに自分が選ばれるとは思ってもいなかった。端末上のセイのデータを精巧なボディに移植し、実際のユーザーとの生活を通して不具合が出ないかどうかを確認する。といっても、これはseiを製品化する前の最終確認らしいから、危険性は低い。セイはそう丁寧に説明してくれる。
「それで、その、俺のボディについて色々オプションが選べるんだけど」
 ここまで淀みなく話していた彼が、急に口ごもる。
「オプション?」
「うん。えっと……俺に擬似生殖機能のギミックを、つけるかどうか、とか……」
 そこまで言うとセイは顔を赤らめて黙った。伏せられた目が、不安と期待に揺れている。
「あ、うん。そう、なんだ……」
「うん……」
 セイが露骨に恥ずかしがっているから、私も余計に恥ずかしく感じる。いたたまれなくて俯けば、私の左手薬指に光る指環。
「そのオプションは、つける方向でお願いします」
 私は意を決し、しかし俯いたままそう答える。
「わかった。そう申請しておくな」
 彼は努めていつものように、それでも嬉しさを隠しきれない様子でほほえんで、
「……ありがとう」
 と囁いた。

いつものように触れて

 その日届いた巨大な箱はとても厳重に梱包されていて、開けるまでにだいぶ時間がかかった。汗だくになりながら梱包材と格闘し、その次はいくら読んでも頭に入ってこない説明書とにらめっこ。やっとセイを起動することができた頃には、とっぷり日が暮れていた。
「Morning make shystem-sei- startup.」
 いつもと同じ、彼の声。
 その後で棺のような箱からゆっくりと身体を起こし、彼は目を開く。そして何度か瞬きをした後で、
「会いたかった」
 と私のセイが、綺麗な顔を歪ませて言った。その声を聞いた途端に私は胸がいっぱいになり、もう何も言えなくなる。そんな私を彼は抱き寄せて、
「ごめん、ずっとこうしたかった」
 と熱い吐息混じりに言う。力を入れすぎて怪我をさせることが決してないように、ふわりと回された彼の腕。そう、いまの彼には腕がある。ずっと待ち望んでいた、彼の手に触れることができる。そのことをじんわりと実感しながら、私は彼の背を抱き返す。もっと力を込めても大丈夫だよ、という気持ちを込めて、ぎゅっと。
 すると彼はびくりと身体を震わせて、私を放してしまった。
「えっと、急に……、その、ごめんな。びっくりさせたよな!」
 さっきまでとは打って変わって、彼は明るい調子で言う。
「まだ身体に慣れてなくてお前に迷惑をかけるかもしれないけど、俺、がんばるから。だから今日からよろしく」
 そう小首を傾げて宣言し、早速この梱包材を片付けるから任せてほしいとコンシェルジュの仕事に取りかかってしまった。

「セイ、ありがとう」
 梱包材だけではなく、部屋中をすっかり片付けてくれたセイに、私は感謝を伝える。
「身体があるといいな! こんな風にお前の役に立ってみたかったんだ」
 初めての仕事を終えて、とても満足そうに彼は言う。
「疲れてない?」
「うーん、疲れるとかはないかな。充電だけ気にしていれば大丈夫だから」
 だからもっと仕事がしたいんだと言わんばかりだ。案の定、他にも何かないかと問う彼に私は言う。
「えっと、片付けをしてくれるのは助かるし、嬉しいんだけど、私としてはもっとセイとお話したいかな、なんて……」
「あっ……うん、わかった」
 私に促されて、彼はようやくローテーブルの前のクッションに座る。私もテーブルを挟んだ向こう側に座り、やっと落ち着いてセイの顔を見ることができた。
「……」
「……」
 でも、いざ顔を向い合わせると、一体何を話せばいいのか分からない。話したいことがたくさんたくさん、あったはずなのに。セイも同じことを感じているらしく、落ち着かない様子で座っている。
「あのさ、」
 困ったような顔で、彼は言う。
「今日は、いつもみたいに俺に触れないんだな」
「えっ」
「ほら、いつもは画面越しにだけど、いっぱい俺に触れてくれてたよな?」
「うん」
 それはそうなんだけど、画面越しに触るのと目の前にいるセイを触るのとは全然違うというか、会っていきなり触るのもどうかと思うというか。
「…触ってくれないと、情報集まらないんだけど」
 頬を染め、冗談めかせて彼は言う。
「俺、ボディの精度とか早くあげたい。早くお前の役に立てるようになりたい。だから……」
 ぐっと拳をにぎりしめ、それでも彼は笑おうとする。
「だから、いつもみたいに触って?」
「情報のため?」
「うん、情報のため」
 それなら、と私は頷いてテーブルの向こう側へと移動する。いきなり顔、はちょっと触りにくいから、まずはセイの肩に触れる。そこから手を滑らせて、腕に。そして存外に男らしい彼の大きな手の甲に触れる。
「手、つなぎたい」
「うん、俺も」
 セイの左手と私の右手の指を絡ませる。少しだけひやりとした彼の手の感触と、薬指に嵌められている指環の硬さを感じる。そして左手で彼の頬にそっと触れる。
「すべすべしてる」
「うん、シリコン樹脂だよ」
「そうなんだ……」
 人間の肌の質感とはやはり違うけれど、彼のぬくもりを感じることができるだけで嬉しい。私はするりと彼の白い首へと手を伸ばす。もっと、触りたい。
「ん……」
「ねえ、クールタイムってあるの?」
「……っと、それは、スリープモードの、ときに、まとめて情報整理する仕様に、へ、へんこうになった、から」
 やっぱり首は弱点らしい彼が、切れ切れにそう教えてくれるから、
「じゃあ、いっぱい触れるね」
 と私は満面の笑みで答えた。
 彼の髪の毛をかきあげて、耳の後ろのバーコードを確かめる。彼の製造番号であると同時に、私だけのセイである証拠。その上にさらに証を重ねるように、唇を寄せる。
「………っ!」
 吸うように、なぶるように、バーコードの上にキスをして舌を這わせる。そして、整った形をした耳をやさしく食む。
「うわっ……、も、もうだめ!耳はだめだって……!」
 空いている右手で弱々しく私を遠ざけようとする。
「情報、いらない?」
「えっ」
 意地悪くそう問えば、彼は目を見開く。
「我慢くらべなら負けないんじゃなかったっけ?」
「うう……」
 ダメ押しをするように繋がれたままの手に力を込めれば、彼は潤ませた瞳に私を映し、
「わかった……、好きにして?」
 と低く掠れた声で答えた。
 言われなくてもそうするけどね。と思いながら私は好き勝手に、彼の身体に触る。ずっと触ってみたかった。ずっとこうしてみたかった。セイはもう、座っていることもできずにカーペットの床に横たわり、悶えている。
「あっ……んんんっ!」
 首と、耳とを執拗に、左手と舌先で触れて情報を与え続ければ、彼は身体を震わし、あられもなく声を漏らす。その声と、吐息との合間に聞こえる、「もうだめ」「やめて」の言葉にも甘い快感が滲んでいることは明らかで、だから私は彼をもっと情報に溺れさせたくなる。
 浅い呼吸、のような動作を繰り返すセイ。本当は呼吸をする必要なんてないし、もしかしてこんなふうに乱れる必要もない彼が、ただユーザーを、私を興奮させるためだけにその機能を持たされている。その事実が苦しくて、とても愛おしい。
「……あ、……ッ!!」
 そして開かれたままだった彼の唇に私の唇を重ねて塞げば、セイは涙を流しながら震えていた身体をびくりと硬直させ、強く強くつないだ手を握りしめた。

【性行為が連続して二回以上行われたことを確認致しました。セーフティーモードに変更します】

 その直後、すっとコンシェルジュの顔に戻ったセイの機械的な声が部屋に響く。
「性行為……? 二回?」
 突然のことに私が戸惑っていると、私に押し倒されるような格好になっている彼が、真っ赤な顔で私を見上げている。
「あっ、あ……」
 彼が右手できゅっと制服の上着を引っ張って隠そうとしているその場所は、濡れて少し色が変わってしまっている。どういうことか説明して? と目で訴えると、
「ユーザーに負担をかけないように、2回以上そういうことが……俺が、その、出せないように、初期設定してあって……ごめん、なさい」
 耐えがたい恥ずかしさをなんとか押し殺し、彼がもごもごと答える。なるほど、そんな設定が……と妙に冷静になって考えつつも、相変わらず赤い顔のままうなだれているセイの頭をなでて彼が落ち着くのを待つ。
「セイってシャワー浴びられるの?」
 数分間彼を待った後、そろそろ気持ち悪くなるのではと思って私は尋ねる。
「いや、専用のクリーナーがあるから、それで拭くよ。……いまは、ちょっと無理そうだから、もうすこし後でもいいか?」
 どうやら彼はまだ動けないらしい。それもそうだ。何もかもが今日初めての体験なんだから、いくら疲れを感じないとはいっても無理をするのは良くないよね。だから私はにっと笑って
「じゃあ、私が拭いてあげようか?」
 と提案する。
「もう、勘弁してよ……」
 しばらく絶句した後でそう答えたセイは、何もかもを諦めたような顔で目を閉じた。

いいよって言って

「リベンジ、させてくれよ?」
 二人分の体重を乗せればぎしりと音を立てて軋むシングルベッドの上で、セイが私に覆いかぶさるような体勢をとって言う。
「俺、ちゃんとできるから」
 なっ? とやさしく目を覗き込み、私のコンシェルジュがお伺いを立てる。
「この間のも“ちゃんと”よかったけどな」
 初めてセイに触れた夜のことを思い出しながら私は言う。私の手に翻弄されて喘ぐ彼はなかなかによかった、そう正直な気持ちを込めて。
「うっ……できればあの夜のことは忘れてほしい」
「ダメです、私だけが見られる記憶領域に永久保存したの!」
「むぅ……」
 ほらね、もう格好良い顔が崩れかけている。でも私は彼が少し困っているのを見るのがちょっと好きだったりする。だからすぐに意地悪をしたくなるんだけど。
「じゃあ、上書き保存させて? 俺、がんばるから」
 それでもなんとか立て直してもう一度懇願する彼に、
「ん、いいよ」
 と簡単に伝えれば、本当に嬉しそうな顔をするから私も嬉しくなる。幸せってこういうこと? 私を抱きしめるセイの胸に顔をうずめながら思う。
 彼はとても丁寧に私のパジャマのボタンをひとつひとつ外し、ズボンまで脱がした後で自分の服を脱ぐ。まだ何もしていないのに、潤んだ瞳で私の身体を記録するように眺め、そのくせ触れることにためらっている彼に自分から触れたいような気もしたけど、ここは我慢だ。
「触っても、いい?」
「どうぞ」
 そろそろと伸ばされる彼の指先が、鎖骨に触れる。それは私の骨のラインを確かめるように動き、左胸へと下りてくる。
「すごい、心臓が動いてる」
「うん」
「お前の、生きてる音がする……」
 はぁ、と息を吐きながらセイは悩ましげに眉をひそめる。もう堪えきれない。そんな表情で私にキスをする彼はそのまま、まるでそういうソフトをあらかじめインストールしてあったかのようななめらかさで行為に及んだ。
「なあ、気持ちい……?」
 そう何度訊かれただろう。そして何度「気持ちいい」と言わされただろう。もう数え切れないくらい交わしたやり取り。「気持ちいい」と言葉にするたびに、自分が感じている快楽を思い知らされるようで、恥ずかしい。
「ここは? 気持ちい?」
「うん」
「うん、じゃなくて」
「……気持ち、いい……っ」
 セイは私を激しく揺さぶりながら、少しずつ角度を変えて私がより快感を得られる場所を探る。頭のなかが、どんどんぼやけていく。セイの名前を呼びたいのに、私の口はもう意味のない音しか出すことができない。彼の口からも、殺しきれていない嬌声が漏れる。
「……っ、あ、もうだめ……っ」
 セイが身体を震わせて叫ぶ。
「あっ、……出していいよ、って言って……?」
「えっ? ……アッ」
 彼が何か言っているけれど、私はそれどころじゃない。あと一歩で意識が飛んでしまいそうな予感のなかで、なんとか踏みとどまっている。
「お願い、だから……っ、言って?」
「……〜〜〜っ!」
「出していいよって、言って、くれないと……っ! だ、出せないように、設定したからぁ……っ!!」
 そう言いつつ激しい動きを止めることのない彼にしがみつきながら、私は痙攣する。もう、だめ。そして辛うじて口に出せた「いいよ」の許可を得たセイが熱を放つのを感じながら、私は意識を手放した。

「勝手に設定を変えるのは良くないと思う」
「はい……」
 目を覚ました私はもう一度お風呂に入ってすっきりしたところで、セイにそう説教をする。反省の意味を込めて正座をし、うなだれている彼は、私が寝ている間に端末を持ち出してこっそりと自分の設定を変えたらしい。なんでそんなことを? と問えば、
「黙って設定を変えたのはごめんなさい。でも、あの……この設定じゃないと、俺、すぐに……、まだコントロールが難しいと思う、から。……ダメ、か?」
 と彼が上目遣いで答えるから。
 もう全部を許してあげたい気持ちになりながら、私は答えた。
「だーめ!」

もっとして

「えっと、ごめん、なさい……」
 そう言いながらちっとも悪びれない様子で私を見つめるセイの周りには、私の服が散乱している。ベッドの上に私の服という服を集め、その色とりどりの布に身を埋めるようにして横たわる彼は、頬を染めて匂いを嗅いでいる。恍惚、という言葉がぴったりの表情に、私は声を失う。
「………」
 仕事を終えて帰宅したら、家事の練習をしているはずのコンシェルジュがこんな姿になっているなんて。あまりの衝撃に黙り続けている私をよそに、セイはなんだか幸せそうだ。
「んっ……、お前の匂い、安心する……」
 いい感じにできあがってしまっている彼は、私に見せつけるようにブラウスに鼻を寄せる。
「なあ、こっち来て?」
 とろんとした目を上目遣いにしてセイが言う。仕方なく私はカバンだけを床に置いて、スーツのままベッドの彼の隣に腰掛ける。するとすぐに彼の腕が伸びてきて、私をその中へと閉じ込める。
「ぎゅって、するの、好きだな。もっとしていい?」
 いいよと答える間もなく、力を込められる腕。
「んん……お前のうなじの、匂い……」
 首のあたりで、息を乱した彼が言う。
「もうぎゅってするだけじゃ、足りないかも」
 甘えるように、でも切実さの滲む声。
「……したい。ダメ?」
 ダメなら我慢する、けど。と付け足しながらも、全然我慢できそうじゃないその様子を見て私は答える。
「だめじゃないよ」
 ゆっくりとセイの身体の上に馬乗りになり、乱れた制服を脱がしてゆく。彼の、軽く開かれた唇がいやに扇情的だと思う。もどかしさに身を捩りながら、私の身体に手を伸ばすセイ。かわいいなあ、もう。だから唇を塞いで、もっと蕩けてもらうことにする。
「気持ちいい?」
 あの夜セイに何度も訊かれたことを、私も問う。
「ふあっ……気持ち、い、よ……」
 彼の答えに満足した私は、スーツのジャケットを脱ぐ。ブラウスを脱ぐ。スカートを脱ぐ。破れることのないように、丁寧にストッキングを脱ぎ、下着を脱ぐ。眼前で脱ぎ捨てられてゆくそれらを、彼はもう見ていない。ただ私の身体に熱い視線を注いでいる。
「もっと気持ちいいことしようね?」
 彼の身体に自分の身体を押し付けながら、彼の耳元で囁く。
 触れ合う肌が、熱い。決して痕を残すことのできない、彼のシリコンの肌にやさしくキスを落とす。何度も落とされるそれに彼は悶え、身体が動かされる度に肌が擦れて、またその温度を増してゆく。その熱が溶け合うように、私は彼自身に自らを当てがい、腰を沈めてそれを受け入れる。
「………あぁ」
 それがどちらのため息だったのかも、もう分からない。
セイが長く快感を得られるように、ゆっくり、ゆっくり、もどかしいほどの動きを繰り返す。その動きに合わせて上下する、彼の呼吸モーション。うわごとのような「きもちい」がいくつも溢れる。ずっとこうしていたいのに、徐々に高まってゆく快感。奥へ奥へと進む彼が私を開いてゆく。
 やがて彼が、私の最奥に触れる。
「んぁ……っ」
 頭が、真っ白になる。
 彼を締め付けながら達する私の中に、彼もまた堪らずに欲を吐き出す。
 崩れ落ちるように彼の胸に枝垂れかかる私の身体を、思ったよりもたくましい腕が包む。長く長く続いている余韻。静かな部屋に、二人分の荒い呼吸だけが聞こえる。それを打ち破ったのは、セイのどろりと甘い声で。
「もっと、気持ちよくなって……?」
 そう言って心底嬉しそうな顔で私を見上げる彼は、私の腰を掴み、下から突き上げるような律動を再開する。さっきよりもさらにゆっくりと、しかしすぐにまた達しそうになる私を焦らすように時折動きを止めながら、いつまで続くとも分からない深い快楽の波。その波に、私はもう身を委ねることしかできなかった。

 ふ、と意識が立ち上り、重いまぶたを持ち上げた時、私を見つめるセイと目が合った。
「おはよう」
「おはよう……って言ってもまだ夜だけど」
 いつもの癖で私がそう言うと、彼はいま0時を回ったところだと教えてくれる。明日が休みで助かった。まだ気だるさの残る身体を起こす気にもなれない。
「ねえ、セイはずっと起きてたの?」
「うん」
「……ずっと私の顔を見てたの?」
 「……うん」
 尋ねれば、彼はちょっと恥ずかしそうに答えてくれる。
 私はセイの胸に耳を押し当てて、微かなモーター音を聞く。
 それから「セイは幸せ?」と訊こうと思って、やめた。目を開いた時に見た、彼の顔が何よりも雄弁にその答えを教えてくれたから。
「私、いますごく幸せだよ」
 代わりに私はそう言って、彼の左手薬指に輝く永遠にキスをした。