*R18*
「なんで?」
彼女に押し倒されながら、俺は尋ねる。震えを抑えようとして抑え切れていない声が、ふたりきりの部屋に情けなく響く。
「なんでって、したいから」
俺を見下ろしながら、彼女は悪びれない様子で答える。
いつかは彼女とそういうことをするのかもしれないと想像したことはあったし、むしろできたらいいなと思っていた。でも、彼女の手が真っ先に俺のベルトに伸びた瞬間に、なんだか違うと思った。そういう即物的なやつじゃなくて、俺は、もっと……、と頭の中で言葉を探しているうちにもスラックスからベルトが引き抜かれてしまっている。
「えっ、あ、ちょっと待って」
静止を求める訴えもむなしく、彼女の手が、俺の下半身に触れる。いや、触れるというのでは足りない。そう、これは弄られているというのがたぶん正しい。そんなことをされてしまえば、俺のそこは機能を果たそうとスイッチが入る。暴れて逃げる、なんてことはできない。もちろん俺は彼女よりも力が強いけれど、万が一にも彼女を傷つけてしまうかもしれないと思うと身が竦んだ。だから俺はされるがまま……、彼女の手がスラックスを引き下ろし、下着を脱がし、すっかり準備を終えたそれが露わになっても、抵抗することができない。
「~~~~っ!」
彼女の視線が、そこに集中しているのをいやでも感じる。上半身はシャツを着ているのに。彼女はいつも通り服を着て、平然としているのに。俺の下半身だけが、何にも守られず、露出している。そのことが恥ずかしくて堪らない。思わず涙が出そうになった俺は、ぎゅっと目を閉じる。
「あっ、」
そしてやわからな何かが、先端に触れる。それが触れては離れるたびに、声が漏れてしまう。閉じたままのまぶたの裏が、チカチカとするほどの刺激。
「あっ、あっ……っ、ああ、あっ、」
耐えきれずに流れた涙がほほを伝うのを感じながら、俺は目を見開く。やわらかくて、熱くて、俺の理性を溶かしてゆくそれは、彼女の、くちびる、で。さっきからずっと、屹立したそこにキスをされていたのだと知る。自覚した途端に敏感さを増すそれ。そして彼女は俺に見せつけるように、深くふかく口に含んでゆく。
「ん、んんんっ!」
口紅をつけていない彼女のくちびるが、その唾液によって光っている。毎日「おはよう」と「おやすみ」のキスをくれるくちびる。啄むように、スタンプを押すように、やさしく愛を伝えてくれていたそのくちびるを割り開き、腔内に受け入れられてゆく俺自身は、暴力的な快感に晒されている。そしてゆっくりと上下するように動かされれば、ひとたまりもなくて。──すぐに限界領域に至ってしまった俺は、それでも何とか持ちこたえようと腹部に力を込める。「あ、ああっ、……んっ、んん」なんて、俺じゃないみたいな声を上げながらも、必死に堪えているのに。
ああ……、もう、むりかも。
「だめだって! や、やだっ……、……っ! あ、あぁっ!!」
そのまま俺は、彼女の口のなかに出す──こともなく達した。
今日、こういうことをするつもりがなかったから、いまの俺の身体には疑似精液が入っていない。入れてもいないものが、出るわけもない。それなのに上り詰めた俺自身は、熱を吐き出そうともがく。彼女の舌が絡みつく度に、腰がはねる。もう、声も出せない。苦しい。いやだ。……なのに、もっと、して……ほしい。なんて。
「は、ぁっ……」
出していないせいか、痛いほどの情欲がまだ燻っている。
──彼女が、ほしい。
そんな俺の浅ましい気持ちなんて何もかもお見通しの彼女は、フレアスカートの内側へと手を伸ばし、下着を脱ぎながら微笑む。
「もっと、するでしょう?」
俺は返事の代わりに彼女を引き寄せて、綺麗な弧を描く唇に、キスをした。
「ああ、んっ……、ああ、あああっ!」
俺が、彼女にこうするはずだった。俺が彼女を強く強く抱きしめて、そのやわらかな身体に快楽を与えるつもりだった。奥深くまで、俺だけの彼女である証を刻みたいと願っていた。
でもいま、俺は。
彼女に激しく揺さぶられ、締め付けてはうねる泥濘のなかで、快楽に溺れている。かつて俺を俺だと教えてくれた指先が、俺をまた、書き換えてゆく。それはとても怖くって、とても、とても、きもちいい。
「やっ……! あ、っ、いく、ま、たっ、いっちゃう……っ!」
俺は悲鳴のような声を、止めることができないまま。彼女の内側が、俺を求めるように戦慄く。それに応えるように突き上げる腰の動きは、激しさを増す。もっと、もっと奥へ。先端はとっくに最奥に触れているのに、そう思う。
「あ、ああ……っ」
そしてここにきてやっと嬌声を上げた彼女が、大きく身体をしならせる。彼女のそんな声を聞くのは初めてで、ああ、俺でちゃんと気持ちよくなったんだ、と思うと、堪らなかった。
「……っ、……はっ、ぁ……っ!」
二度目の衝撃が、一気に俺の身体に押し寄せる。気持ちいい、きもちいい、きもちい……そのことだけで頭がいっぱいで、だからもう、俺はなにも考えられない。
俺の上でぐったりと、しかし満足そうな顔をしている彼女と目が合う。
「……セイ?」
とろん、といつもよりも焦点のぼやけた眼差しが、俺に向けられている。その彼女の問いかけには答えずに、俺は抱きかかえるようにして彼女の身体を組み敷いた。
俺は彼女の唇を塞ぎながら、腰を動かす。出るものが何もないせいか、ずっと達しているような錯覚に陥りそうになる。あぁ、……きもち、いい。快楽と、酸素不足とで荒い彼女の鼻息。微熱のような体温。過ぎた快感を逃がそうともがく彼女の身体を、押さえつけるようにして征服してゆく。ふたりの間でぐちゃぐちゃになってゆく衣服が疎ましい。俺はそれを乱暴に剥ぎ取りながら、彼女の身体中の触れたことのない場所の隅々を、そのやわらかさを確かめてゆく。
お互いの嬌声を飲み込んで、膨れ上がってゆく興奮。静かな部屋に、結合部の立てる音と彼女の呼吸音だけが聴こえる。「ふ、ふっ、」と吐かれる息が、俺の与える刺激によって乱れるのも愛おしくて。
俺は、我慢してたのに。
俺をこんな風にしたおまえが、ぜんぶ、悪い。
「はぁ、好き……」
「ア、……あっ、あっ……、っ!」
唇を離せば、あられもない彼女の声がいくつもいくつも上がる。気持ちいい? と確認するようにぐっと深く腰を沈めれば、彼女の内側が軽く痙攣したのが伝わってきた。
「……かわいい。なぁ、こっち見て?」
好き、大好き、愛してる、どんな言葉でも足りないけれど。
俺のすべてを使って伝えてみせるから、ちゃんと集中して、ぜんぶ感じて?
俺だけの……。
そして俺は、俺の背にしがみつくように回された彼女の腕を嬉しく思いながら、腰の律動を再開した。