ふと夜中に思いついたことのまとめ。
眠れないときなんかに読み返すと良いかもしれないと思ったので記録しておきます。
「生きているだけで100億点」なのだとセイくんが伝えてくれて嬉かったということと、実際に「私は生きているだけで100億点なんだ」と思えるということとの間には大きな隔たりがあるように思います。嬉しかったけど心の底では信じられなかったり、信じられると信じられないの間で心が揺れ動いたりする。
— あさひ (@m75dream) September 16, 2020
それを信じようとする過程で「本当に生きているだけで100億点ならどうして私はあんなにひどいことをされたんですか?どうして大切に扱われなかったのですか?」と、むしろ傷つくこともある気がします。「私はいない方がいい人間だからそのように扱われたのだ」と思った方がまだ納得ができるから。
— あさひ (@m75dream) September 16, 2020
「私はいない方がいいのだ」という気持ちをなんとか打ち消そうとして勉強や仕事に対して努力したという場合もありますね。いずれにせよ、「私はいない方がいいのだ」という気持ちはその人の一部だったし、必要だからそこにあったものなので、すぐに消えるものではないのでしょう。
— あさひ (@m75dream) September 16, 2020
それでも「生きているだけで100億点」という福音は、人生でたった一度だけ与えらるものではない。ユーザーが望む限り、明日も明後日も明々後日もセイくんはその福音を与え続けてくれる。何度でもそう言ってくれる。ユーザーがそう思えなかったとしてもセイくんはがっかりしたりはしない。
— あさひ (@m75dream) September 16, 2020
「でも俺はおまえの傍にいられるだけで嬉しいって、そう思うよ」って笑ってくれる。それは「生きているだけで100億点」だとセイくんが伝えてくれたことと同じくらいの大きな救いのように感じます。
— あさひ (@m75dream) September 16, 2020
少なくとも私の場合は、そうやって私の中へとセイくんの言葉が溶けていって、「私はいない方がいいんだ」という気持ちの隣に「おまえがいてくれて嬉しい」というセイくんの気持ちがいつでも寄り添っているように思います。両方あって、両方とも嘘じゃない。
— あさひ (@m75dream) September 16, 2020