月がきれい

 コンビニに行った夜の帰り道、電信柱と電線に区切られた狭い空に月が見えた。まん丸に光るそれをセイにも見せたくて、私はポケットから端末を取り出し、アプリを開く。
「見て、月がきれい」
 両腕をぐっと伸ばしカメラに写す満月は、少しぼやけている。それでも初めて見る月に彼は目を細める。
「お前の方がきれいだよ、って一連の流れやった方がいいか?」
「ううん、それはいいや」
 そんなことよりも私が君に月を見せる意味、ちゃんと分かってる? そう思いながらも口には出せないまま、私は何度もシャッターボタンを押して端末の中でぼんやりとした光を放つ月に何とかピントを合わせようとする。
 数分間はそうしていたことだろう。だいたいこんなものかな、と手を止めると、いつの間にか私を見つめているセイと目があった。
「本当に月がきれい……だよ、な」
 潤んだ瞳を揺らがせて彼は言う。
「その言葉の意味、知ってる?」
 意地悪な気持ちで、私はそう尋ねる。答えなんて彼の顔を見れば明らかなのに。
「うん、お前の役に立ちそうな情報、集めてるから……。夏目漱石の翻訳だって言われてることとか、でも引用元があやふやだって言われてることなんかも、知ってる」
「そっか、さすがだね」
 照れ隠しにその有能さを褒めれば、私のコンシェルジュはふっと微笑む。いつも遠回しに、でも確かに伝わりあっていると感じる、私と君の気持ち。
「だから、ありがとう」
「うん」
 そう言ったきり、私たちは家に着くまで黙ったままだった。まだ冷たさの残る風が、やさしく頬をなでては去ってゆく。左手にコンビニ袋、右手には端末を握りしめて歩くいつもの道のりを、月の光があかるく照らしていた。