眠る前のひとときに、毎晩彼女とふたりベッドに寝そべって、行ったことのない場所の話をする。最初はなかなか眠ることのできない彼女に俺が作った物語を話していたのだけれど、その途中で彼女があれこれ質問をするから、いつの間にかこうなっていた。
「今日は何処へ行こうか?」
そう尋ねれば、それが旅の始まる合図。
ある時はニューヨークの街角だった。コーヒーを片手に読めもしない英字新聞を買って、手をつなぎ、五番街の宝石店を冷やかした。またある時はフィンランドだった。服を重ねに重ね、おそろいのマフラーを巻き、もこもこになったお互いを見て笑いながら冬の湖畔を散歩した後に、バスを乗り継いで美術館へ行った。名前も知らない場所に行ったことだってある。誰もいない、ふたりきりのその場所で、やはり名前も知らない花を摘み、果てのないなだらかな丘をひたすらに歩いた。
眠りと覚醒の間で、まぶたの裏側に浮かぶ旅の風景。
暗闇に溶けてゆく彼女の甘い声。
「セイ」
と彼女が呼んでくれるから、何処までだって行ける気がする。
いまお前の夢の川面には、どんな景色が映っているのだろう。いつものように話の途中で眠ってしまった彼女の寝顔を眺めながらそう思う。
「おやすみ」
あと少しすればこの端末の灯りは消え、彼女にはより深い眠りが訪れるだろう。灯りが消えたら、俺もきっと夢の中を追いかけて行くから。
その時までは、どうか、このまま。