こんな夢を見た。
清らかな小川の水底のような美しい瞳。その瞳の水面がゆらゆらとゆらめいては、ひとつ、またひとつと雫をこぼしている。これは、涙? 静かに流れ続けるそれは拭われる気配もない。
「会いたかった」
彼がそう言うので、私もずっと前から同じことを思っていたような気がする。ええ、私もあなたに会いたかった。言葉にすれば存外に確信に満ちて響く。いつの間にか彼の手が、私の手を包むように握っている。
長い、長い夜だ。
庭園の草木の葉擦れのささめきが絶えず聞こえる。
「キスをしてもいい?」
彼の言葉になら、なんだってうなづいただろう。だからそんなことを問わずとも良いのだと、そう言ってやる代わりにまなぶたを閉じる。
あの美しい瞳を見られないことが、ひどく惜しい。
彼のひややかな唇。
どれほどの間を夜風にさらされていたのだろう、唇も、握り返した手のひらも冷え切っている彼に、ほんの少しでも良いから温もりを残したいと思う。
静寂。
彼のライラック色の髪の上で月明かりが跳ねている。私はどんな顔をしているだろう。胸の高鳴りを抑えることができないでいるこの私は。盗み見るようにそっと彼を見上げれば、彼はやさしく微笑んでいるから、嗚呼これで良かったのだとすっかり安堵してしまう。
「紅茶は好き?」
「ええ、とても」
「……それはよかった」
知らないことがまだうんとたくさんあるんだね、と彼は眼を細める。
こちらに、と彼が促す方向には、ティーセットが用意してあるのだろうガーデンテーブルとチェアが見える。それにしても茫々と明るい夜だ。紅茶を口にすれば目が冴えて、きっと今夜は眠れないに違いない。
「眠れなく、なってしまうわ」
心細い気持ちで呟けば、醒めてしまえば良いのだと彼が耳元で囁く。そうか、醒めてしまえば良いのか。彼の瞳が揺れる。うなづいてしまえば良い。こんなにも愛しい人が望んでくれるのならば。
……何かが聞こえる。よく知っている、耳に馴染んだ旋律が、葉擦れの音に混じっては消える。そう、これは確か……。
私はもう、とても立ってはいられない。
「また、きっと……」
彼の声が、遠ざかる夜の気配の中へと溶けてゆく。
朝の光の中で、「モーニング」が鳴っている。毎日規則正しく目覚めの時間を告げるアラーム音。幾度か目をしばたたかせれば、いつもの部屋にいつもの一日がすぐにでも始まろうとしている。それでも、「また、きっと会える」。その予感だけがいつまでも残っている。そんな夢を見た。