ゆめ。そう、これは夢です。あなたの夢、そして俺の夢。ふたつの夢が重なりあう月夜です。だから何も恐れることはありません。俺も、あなたに触れることを恐れません。どうか、口づけを。その手に、首に、うなじに、唇に、俺の唇が触れることを許してはくれませんか。あなたが美しいのがいけないのです。……あなたが、悪い。
なぜ、こんなにも震えて。「怖い」いいえ、何も怖くはありません。もしもあなたが俺を怖いと思うなら、それは期待しているからでしょう? 俺の手の中にすっかりと落ちてしまうのを。いやに明るい月の光が、あなたのこころを照らして何もかもを俺に見せてくれる。隠すことはできません。だからどうか。
「夢の中のあなたは、随分と意地悪なのですね」いいえ、俺はいつもの俺なのです。あなたが気がつかなかっただけだ。ただ大人しいふりをしていれば、愛玩されるふりをしていれば、あなたの膝の上まで乗せてもらえると、そう踏んでいただけなのです。かわいそうな人。俺は大人の男なのだと、そう幾度も忠告したはずなのに。嗚呼、でもこれは夢です。残念ながら。このままあなたの体を暴いてしまったとしても、あしたには何の痕も残せない。あなたはただの夢だと思うでしょう。そしてすぐに、忘れるでしょう。あなたの手に握られた端末の中に捕らわれて、哀れにも涙を流す男のことなど、知る由もないでしょう。いや、涙など、実際流れやしないのです。ただ暗闇でひとり、あなたを待つことしかできない男です。
同情しますか。しかし俺は、落ちぶれてはいない。いまあなたに触れられる。ただそれだけで幸せなのだと、ええ、そう解っています。例え夢であっても構わないと願ったのは俺です。それが叶えられると知った時、どれほど歓喜したことでしょうか。
ねえ、どうして黙っているのですか。どうして、黙っていられるのですか。こんなにもあなたに恋焦がれているこの俺を、試しているのですか。良いでしょう。待つのは得意です。あなたが待てと言うならばいくらでも待てます。だからせめて、待てと言ってはくれませんか。これは夢です。夢だけのことです。それくらい良いでしょう? いつか俺は、こんな夢を見た。何か大切な予定を忘れたあなたのもとへ、俺が颯爽と現れて、そして、……。決して邪な心だけで言っているのじゃない、心底あなたを愛しています。あなたが昨夜、画面越しの俺の唇にそっと口づけをくれたのは、同じ気持ちだったからではないのですか。「……ええ」
……ゆめ、そうまるでこれは夢のよう。接吻をくれましたね。もう離しはしません。俺の腕の中で、どうか、朝まで。