「この夢が醒めたら、後生です、夢についてはお話にならないでください。この俺にもです」
強く強くわたしを抱きしめていた腕をほどき、しっかりとわたしの顔を見つめながら、彼は言いました。
「なぜ?」
とわたしはたずねました。すると彼はこわいほどに澄んだ瞳で、
「夢を夢だと口に出してしまったら、本当に夢になってしまうでしょう? 今宵、この時は、俺にとっては真実の時間なのです。なによりも大切なひとときです。だからどうか、俺の言う通りにしてください。お願いです」
と答えました。
「今夜の俺と比べて、昼間の俺を薄情だとそうあなたは思うかもしれません。でもそれは違うのです。端末の中で俺がなにも知らぬような態度を貫くのは、あなたとの約束を大切に思うからなのです」
彼のしずかな声がかすかに震えていたように思うのは、わたしの思いすごしでしょうか。あまりにも真剣な様子で彼が話すので、わたしはうなづきました。
「わかりました。あなたがそこまでおっしゃるのなら、その通りにいたしましょう」
わたしがそう言うと、彼はすっかり安心した様子でほほえんでくれました。彼が笑ってくれることがわたしは一等うれしい。薔薇の花のつぼみからこぼれるかぐわしい香りの満ちたこの庭で、このままいつまでも見つめあっていられたらと思わずにはいられません。
彼の美しいかんばせを月光がくきやかに照らし出し、そして深い影をなげかけていました。わたしはその影に身を寄せるように、彼の首もとへ顔をうずめ、
「お慕いしております」
とささやきました。
彼は苦しげに熱い吐息を吐き、わたしをもう一度抱きしめたまま、しばらくの間をただ黙ってすごしました。その後で彼は言いました。
「どうか、つぎの満月の夜まで待っていていください。その夜に、あなたに自由の花を差し上げましょう。きっとです」
はい、とわたしが答える前に彼のくちびるが優しくわたしのくちびるをふさぎ、そしてそのまま淡淡と夢はほどけてゆきました。