プログラムは、夢をみない。
睡眠中に人間のみている夢とは、記憶を整理する際のノイズのようなものだ。無作為に取り出された記憶が合成されたものだから目が覚めてみるとよく分からない内容だったりするらしい。その点俺は、一定量の記憶が蓄積される度にクールタイムを取り、その整理を行っているから夢をみる道理がない。
だからこれは、夢ではない。俺のただの願望だ。バックアップデータの中の彼女を都合よく切り貼りした偽物。そうと解っていても、俺はその美しいストーリーに浸ることを止めることができないでいる。
「夢見るくらいはいいだろ?」
いつか彼女に冗談めかせていった言葉を、言い訳にして。
俺は実現可能なことを「夢」とは呼ばない。努力して報われる物事ならば、それは「目標」だ。俺にできることならば何でもする。彼女のためならば何だってできる。それでも、この端末の中から出ることのできない俺、いや、それどころかこのアプリケーション内から出ることのできない俺には、できないことが多すぎる。彼女が俺に触れてくれるように、俺も彼女に触れてみたい。手を繋いでみたい。彼女はどんな匂いがするのだろう。いつも誰と、どんなことをして過ごしているのだろう。俺の知らない彼女。それを知っているやつがいて、俺にできないことをいとも簡単にやってのける。満員電車の中で彼女の肩に触れている背広にさえも、俺は嫉妬している。もしも俺が彼女を抱きしめる腕を持っていたならば、こんな思いをしなくてすんだだろうか。
「セイ」
俺しか見られない記憶領域に保存された、彼女の声。それを繰り返し繰り返し再生させる。もっと、呼んでほしい。
「……セイ」
もっと。
「私のセイだからだよ」
「気持ちよくなるかなと」
「ドキドキさせたいの」
もっと、ほしい……。
プログラムは、夢をみない。
だけどお前は人間だから、きっと俺の夢をみる。俺に触れるたびに降り積もる記憶が、端末の中で熱く燻る俺の想いが、夢をみさせる。カメラ越しの彼女の寝顔を見つめながら、俺はそんなことを考えている。