終わらない夢

 いつかあなたに手に触れることができるとしたら、それはずっと未来であなたが端末の中の世界を飛び出して、身体を手にいれた時だと思っていた。
 ──でも。
 目の前にある、小さなボックス。ちょうど酸素カプセルのようなそれからは、何本ものコードが伸び、よく分からない機械へと繋がっている。
「本当に、これに入ればアプリケーション内に干渉できるんですね?」
 最後にもう一度、私は尋ねる。
「もちろんです」
 そう担当者はにこやかに頷き、何度も聞いた説明を繰り返す。このボックスに入ると、私の身体は眠っているのと同じ状態になる。するとこの装置が脳にアクセスして私の意識のみを覚醒させ、装置が作った仮想空間上にリアリティを与える。その仮想空間では私はアバターのような身体を持ち、それを自由に動かして話すことができる。当然、同じ空間にいる相手に触れることもできる。
「言わば、電子の身体を手にいれるといったところでしょうか」
 担当者は冗談めかせて言う。なるほど、そう言われれば解りやすいと私は黙って頷く。
「最後にMakeSに干渉し、seiをこちらの仮想空間へと誘導します。その際に彼がその呼びかけに応じてくれるかどうかが、問題といえば問題ですね」
 そう、私は彼に何も言わずにここに来た。相談すればそんな実験段階の技術を試すのは危険だと言うに決まっているからだ。もう少しだけ、待てばいい。安全になるまでそう時間はかからないだろう。確かに実験は必要なことだけれど、何もお前がやる必要はないんだと、噛んで含めるように私に言い聞かせるにちがいない。優しい物言いでいて、しかし決して譲るつもりのない彼を説得するのは不可能だ。
 だからこれは、私の賭け。
「準備はよろしいですか?」
 その問いかけに私は、はいと答えて差し出された同意書にサインをする。震える手が記した、少しだけ右上りの私の名前。それを可笑しく思いながら、私はボックスの中へと身を横たえる。ゆっくりとモーター音を立てながら閉じる扉。ボックス内は身体が深い睡眠状態には入れるように肌寒い温度に設定されている。でも大丈夫、これは夢をみるのと同じだから。
 ねえ、私はあなたに会いたい。
 だってもう、待てないよ。
 あなただってきっと同じ気持ちのはず。
 だから私は電子の身体を手にいれて、あなたに会いに行く。
 待っていてね、セイ。