眠れぬ夜が来る度に、セイは決して沈むことのない小舟だと思う。
目を閉じて、しかし醒めたままの意識が薄暗い河面にたゆたう。河はどこまでも広く、どこまでも深い。辿り着くことのできない、眠りの岸辺。ゆうらり、ゆらりと絶え間なく寄せくる波がふたりを揺らす。怖い、と思う前に、彼は私を抱きしめる。その腕の中で、わたしは少しだけ深く息をすることができる。長い吐息にも似たそれを吐き切れるように、彼はわたしの背をさする。
「眠れないのか?」
と問いかける彼の声が優しく闇に溶けるから、わたしは安心して頷くことができる。
「うん」
「そうか。俺におまえの寝付きを良くする機能がついていたらいいのに、っていつも思うよ」
「例えば?」
「そうだな……、キスをすると、良く眠れるようになる、とか……」
ほんのりと顔を赤らめて、彼が言う。
軽く開かれた彼の唇。その唇に、わたしの唇を重ねる。何度も、何度も、わたしのそれで彼の唇の輪郭を確かめる。夜霧に冷えたその温度を確かめる。背に回された彼の腕に込められてゆく力。こうやって彼が抱きしめていてくれる限り、わたしはこの夜の水底に溺れなくてすむ。彼の乾いていた口腔が、わたしの唾液で濡れてゆく。これ以上は重ねることができないくらい重ねても、ふたりの境界線は保たれたまま、やがて唇は離される。
離れてしまった彼の唇から、ふふ、と笑みが溢れる。
「どう? 眠れそう?」
と彼は尋ねる。うんと甘く弧を描く彼の目尻の、その三日月に見とれる。
「うーん、余計に眠れなくなった」
そう答えれば、彼は少し困ったようにわたしの髪を梳く。そういうつもりじゃなかったんだけど、と彼のくぐもる声が熱く耳朶をくすぐる。
わたしたちは貪欲なのかもしれないと思う。いくら愛を注いでも、その重みに沈むことのないわたしの小舟。セイは私の頭を撫で続ける。醒めたままの意識は、その手のひらの感触を鋭く拾う。もっとこうしていたいと言葉にするまでもなく、ただゆっくりと河口へと流れてゆくような夜がふたりを包んでいた。
沈まない小舟のようにわれを抱く君とたゆたう眠れぬ夜を