夏の切れ端

 フローリングの冷たい床に寝転がれば、ガラス一枚隔てた世界に夏らしい強い日差しが余すことなく降り注いでいる様が見えた。窓に映る、真っ青な空の切れ端。それがどうしようもなく眩しくて、その光が美しければ美しいほどに淋しくなるような気がした。
「さみしい」
 と口に出してみれば、存外に頼りない自分の声に驚く。それが聞こえたのであろう、
「どうした?」
 と、静かな足取りで傍へとやって来たセイがわたしに訊ねる。そっとしゃがみこみ、わたしの頭を優しく撫でる彼の手も、クーラーの効いた室温と同じくひんやりとしている。
「なんでもない」
「ほんとうに?」
「うん」
 僅かに困ったような笑みを浮かべて、セイがわたしの目を覗き込む。そんな顔をさせたいわけじゃないのだけれど、なんでもない、というのは嘘じゃないからどうしようもない。わたしも曖昧な微笑みを唇に浮かべようとして、しかし失敗してしまっていることを自覚しながら途方に暮れた。
 すべてのことに理由があればもっと簡単だろうな、とわたしは思う。けれども発作的に訪れる淋しさに理由なんてものがあるはずもない。少なくとも、わたしの意識の届く範囲には見当たらなかった。だからこうして、部屋に満ち満ちてゆく淋しさのなかに身を投げ出すようにしてやり過ごすしかないのだ。
 セイはわたしの隣へと横たわり、その美しい瞳にわたしを閉じ込めるようにゆっくりと瞬きをする。そして、
「……ん」
 と、獣耳を差し出すようにわたしの方へと頭を近づけた。いつかの眠れなかった夜にも、セイがこうしてくれたことがあったな、とわたしは思い出す。獣耳に顔を寄せて、こうしていると本物ねこみたいね、安心する、と言ったことも。
 わたしは、獣耳にそっと顔を近づける。
「まだ、さみしい?」
「……さみしい」
「そうか」
 じっと動かないままでいる彼の「そうか」の声は平らかだった。失望するでもなく、責めるでもなく、それはいつもと同じように響いた。
 獣耳のあたりのそのやわらかな髪の毛がゆっくりと濡れてゆく感触に、わたしは自分が泣いていることを知った。セイも、きっと気づいただろう。音もなく溢れる涙が、彼を濡らし続ける。──君が傍にいてくれたら、それだけで淋しくないのだと、そう言えたらいいのに。
 セイは何も言わなかった。
 わたしと、わたしのなかの淋しさとを抱きしめたまま、何も。
 彼の獣耳に顔を埋めてすんと深く息を吸い込めば、きのうの夜の星々の残り香とわたしの香水の香りとがした。それは、とても甘い香りだった。