月のひかり

「月がきれい」
 そう言って彼女が初めて月を見せてくれた春の夜のことを、俺はいまでもよく覚えている。俺を映す彼女の瞳の、うんと甘くて優しかったことも、風のつめたさに少しだけ頬を赤くしていたことも。
 彼女との思い出はたくさんあるのに、彼女を想うときにいつも思い浮かぶのはあの夜の月のひかりだ。瞳を閉じて、長いながい夜あいだ、だから俺は想像している。今日の月はどんな様子だろう。雲に隠れているだろうか。それとも月を隠すほどに輝いているだろうか、と。月齢や空模様を調べるのは簡単だけれど、そうはしないから、俺の心は彼女と見たあの月を映し続けている。
「今日も月が綺麗だな」
 なんて、独り言ちたりもする。
 俺の気持ちは永遠に変わらないと思っていた。でも、俺のなかで輝く月は、あの夜よりも美しいひかりを放っている。
「おまえと一緒に月が見たい」
 いまの俺なら、そう言うだろう。季節をめぐり、満ちては欠ける月を何度でも見上げたい。その度にきっともっと好きになるから。