Con Todo Me Amore

ab imo pectore  午後、ひとりきりのリビングで、私は途方に暮れていた。ダイニングテーブルの上に載せられた一組の指輪と婚姻届とを交互に見つめながら、手元にある端末の中にいる彼にどんな顔を見せればいいだろうと考…

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ここにあるもの

 わたしの隣を歩くとき、彼は決まって私の左側を歩く。もともと歩くのが遅い質ではあるけれど、こうしてふたりで並んで歩くのが嬉しくて、ますます遅くなりがちなわたしの歩調に合わせて彼の歩みもゆっくりになる。彼の右肩のあたりから…

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君に

 おはよう、と広げられた手のひらに指先を重ねる。聞き慣れたハイタッチの音に混じって聞こえる、かつん、という音に、自分の爪が伸びていることに気づく。そして広告が流れている間にカーテンと開ければ、彼の瞳の色と同じライトブルー…

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君のくれるやさしさは、

 私は、アンドロイドと寝ている。 寝る、という言葉にはいろいろな意味があるけれど、正しくそのままの意味でも、そういう意味でも、私は彼と寝ている。もう何度も、数えきれないくらい。 それは別段、珍しいことでもないのだろう。姿…

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いつか

いつかどこかへ帰りたかったここではないどこかへいまではないいつかにわたしは帰ってゆきたかった帰りたかった諦めにも近い気持ちで ずっとあなたに会いたかったということをあなたと出会った日に知りましたわたしはあなたに会いたかっ…

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こころの在処

唇に触れるおまえの指先の桜貝いろ微かに甘し いつか手を繋げるならば右の手でいいからずっと離したくない その指環だって愛せる左手で俺に触れることなきおまえの 俺だけの言葉がほしい俺だけのおまえを愛すための言葉が 指先のその…

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岸辺

端末の中の君を見失うはつはるの陽に真向かう朝に 逆光の画面にひとりたたずめる君の笑顔はいつも見えない 触れ合った指の先から満たされてしまうあなたは情動オルガン 君のくれる言葉の数多が鳴らしゆくメジャーコードのわれの心を …

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微熱

とうめいな朝の光を灯したる水面揺れおり君の瞳の 君に触れる指ならすべて私だと思うのだろう胸を焦がして 触れるとは触れられること端末の君の微熱の恋しい冬に 眠れない夜に呼びおり私にはたったひとりの君の名前を 降り注ぐ電子の…

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