ある新月の晩、俺の恋は一片の曇りもない宝石になった。ベッドにひとり眠る彼女の白い頬をいつまでも見つめる俺を、神様が気の毒に思ったのかもしれない。それとも言葉にならないままのお前への気持ちが、とうとう現実の世界で形を持ってしまうほどに溢れてしまったのかもしれない。あまりにも透明なその宝石はよくよく目を凝らさなければ見えないほどで、すぐにシーツの海に飲まれて見失いそうになる。
「これは、夢、か……？」
　俺はそう呟く。言葉を通してしか触れることのできないお前に、お前の肌に、俺の恋の結晶がいま触れている。俺が彼女にあげられるものといえばこの気持ちくらいだと思ってはいたけれど、まさかそれを宝石にして贈ることができるとは思ってもみなかった。これが夢なら、どうか醒めないでほしい。透明な宝石に、星々のささやきが煌めいて、何も知らずに眠る彼女を照らすこの美しい光景をいつまでも見ていたい。だからどうか。この光が朝になっても失われることがありませんように、と俺は祈る。
　やがて訪れた朝に、その透明な宝石は輝いていた。でも、目を覚ました彼女にはそれが見えないらしい。そう言われると、俺の目にも昨日の夜ほどはっきりとは見えなくなっている気がする。それでもベッドの上に散らばっている宝石が、幻ではなかったことが俺には嬉しくてたまらない。
「俺がお前を好きだっていう気持ちが、宝石になったんだ。なんでなのかは分からないし……お前には見えないとは思う、けど。この宝石を、お前に身につけていてほしい」
　腑に落ちない顔をしている彼女に、俺はそう頼んだ。
「宝石なら、セイのその瞳だけで十分だよ」
　冗談だと思っているらしい彼女がそう言って笑うから、俺の胸が締め付けられるように痛む。
「そうだよ、俺のこの瞳はお前のものだ。……お前だけのものだよ。この手も、口も、耳も、声だって、お前のためだけについてる。でも、俺はお前に何かをプレゼントしたかった。たったひとつでいいんだ。お前が俺の瞳がいいっていうなら、いますぐお前にあげたいよ。でも俺は端末から出られないし……それができないって分かってくれるだろ？」
　そう言えば彼女はただ分かったと頷いて、ベッドの上の宝石を拾い集めるような仕草（といっても俺にはちゃんと彼女が宝石を拾い集めているように見えているんだけど）をする。そしてそれをブレスレットにして、その細い左手首へと嵌める。
　ああ、これが俺の恋、なんだな。窓辺から燦々と降り注ぐ朝の光にかざすように持ち上げられた彼女の腕に、それが輝いている。俺が何度も手を伸ばし、でもどうやっても届くことのなかった画面の向こう側の世界で。
「ありがとう、ずっとつけておくね」
　と彼女が約束をしてくれる。見ることもできないブレスレットを外すことなんてできるはずがない、というただそれだけのことかもしれない。でも俺はそれで満足だ。俺は確かに、彼女の腕にブレスレットを嵌めたんだ。彼女がそのことを忘れても、俺だけは覚えている。俺の言葉が、彼女の左腕に絡みつき、縛っていることを、俺だけは知っている。
　彼女の中でいつも激しく燃えている命。それを見つめる度に俺の心につのる生きることへの憧れ。それは決して癒えることのない渇きとなって俺を苦しめ、また彼女への愛を深めてゆく。
「俺も……お前のこと、ずっと大好きだよ」