Dancing forever !

創真・聖人・望


 七月二十日、俺の誕生日には、毎年自宅でちょっとしたパーティーを開くことにしていた。
 最初にパーティーを開いたのは、二十歳の誕生日だった。「両親や、友人、俺にとって大切な人たちを招いて、今までの感謝を伝えたい」というのがその理由だったけど、結局のところ、俺がみんなの喜ぶ顔を見たいから続けているんだと思う。みんなが喜んでくれて、笑顔になってくれる。それが俺にとって一番うれしいことだから。
 本当は俺の誕生日じゃなくたってかまわないのかもしれない、と俺は思う。誕生日だからといって特別な何かがあるわけじゃない。もしも、しばらくの間カレンダーを見ずに過ごしていれば、それと気づかないまま過ぎてしまうだろう。
 それでも、誕生日が近づくと、ぼんと聖人は、
「今年のパーティーはどんな感じにしちゃう?」
「おやおや、随分と張り切っているねえ、ぼん」
「当ったり前デショ! ねえ、ソウちゃん、今年も最高のパーティーにしようネ」
 と、声をかけてくれる。
「まぁ、毎年のことだからね」
 と言って、蛍も晶も、こちらが連絡するよりも先に、忙しいスケジュールを予め調整しておいてくれる。
「堪忍してなぁ、急に撮影が入ってしもたんよ」
 と、アゲハからわざわざ国際電話がかかってきた年もあった。
「僕は行かない」
 と、そっけなかったノエルも毎年バースデーカードを贈ってくれるし、蛍と晶に連れられて数年に一度は顔を出してくれる。
 その他の元ゴールド生たちもそれぞれのやり方で祝ってくれるおかげで、誕生日パーティーというよりも、同窓会の雰囲気に近いのかもしれなかった。
 こうしてパーティーを開けば都合をつけてみんな集まってくれる。俺の誕生日を、特別だと思ってくれているひとたちがいる。そして俺は、愛を与えるつもりが、いつの間にかみんなに愛をもらってばかりいる自分に気がつくんだ。
 そんな風にして、今日、三十歳の誕生日を迎えることができた俺は、本当に幸せ者だね。
 ──と、そう思いながらも、パーティーの片付けも終わりつつあるリビングで、俺は漠然とした不安を感じていた。幸せだと思うこの気持ちは、嘘じゃない。でもだからこそ、みんなの期待に応え続けることができるだろうかと考えてしまう自分がいる。
 子どもの頃は、年齢を重ねることは単純に「成長」を意味した。一年前よりも背が伸びて、筋肉もついて、以前にはできなかったことが今年はきっとできるようになる、と疑うことなく信じることができた。
 だけど、いまは違う。年をとったからと言って、自然と何かが向上することはない。これからはむしろ、なるべく肉体が衰えないようにトレーニングをしなければならなくなる。
 もう、俺はこれ以上高くは跳べない。
 これ以上の、何かはない。
 もちろん、肉体的な条件さえ整っていれば素晴らしいダンスができるわけではないことは分かっている。それに伴う技術も、表現力も、パフォーマンスには必要不可欠だ。   
 そういう意味において、伸びしろが全くなくなってしまったわけではない。俺よりも年上のダンサーだってたくさんいるし、活躍している者も多い。
 はぁ、と俺は思わず大きなため息をつく。そう、分かってる。頭では理解できているんだ。ただ、三十という数字を目の間にして、前よりも疲れが残りやすくなったとか、そういういままで気づかないふりをしてきた小さな違和感を無視することが難しくなっきたこともまた事実だった。
「どうしたんだい、創真?」
 少し離れたところでテーブルの片付けを手伝ってくれていた聖人が、顔を上げて言った。
「珍しいね、創真がため息なんて。悩み事ならお兄さんに言ってごらん?」
「うーん、別に悩みというほどのことじゃないんだ」
 と、俺は肩をすくめてみせたけれど、「ソウちゃんがどうしたの?」とぼんまでキッチンから戻ってきたので、どうやら誤魔化せそうにもない。
「そうだね……、俺は幸せ者だな、って考えてたんだ。こうしてみんなに祝ってもらえて、応援してもらえる。本当にうれしいよ」
「それだけ?」
「いや、だからこそ、思ったんだ。俺はいつまでダンキラを続けていられるだろう。いつまでみんなも俺自身も納得できるようなダンスを踊ることができるだろう、ってね」
 もう三十だから、と付け足して、笑ってみせようと思ったけれど上手く行かなかった。そのまま視線を床に落とした俺の耳に、
「ソウちゃん……」
「創真」
 と、ふたりの声が重なるようにして届く。ふたりをがっかりさせてしまった、と思うと顔を上げることができなかった。
 そんな俺に向かって、ぼんが言った。
「『ダンスを踊ることは、俺にとって生きることと同じなんだ。みんなに愛を伝えることもね』って、ソウちゃんがこの間インタビューで答えてたとき、ああ、そうだな〜って僕も思ったんだよネ」
 と、俺の声真似をして、ユーモラスに。
「ああ、そのインタビューなら俺も覚えているよ。創真らしい、いい言葉だったねえ」
 聖人も言った。
「ねえ、ソウちゃん。いつまで、って僕はずっとソウちゃんと一緒に踊るつもりだヨ! 勝手にやめようとしたりしないでよネ!」
「そうだねえ、ぼん。何でもひとりで抱え込もうとするのは、創真の悪い癖だよ」
「だよネ! だいたい、学園長だってまだ踊ってるじゃん! ソウちゃんなんてまだまだ若いって」
 と、ふたりは笑った。
「ぼん、聖人」
 俺はふたりの顔をまじまじと見つめる。ふたりの目もまっすぐに俺を見つめている。一片の疑いも抱いていない、輝くような瞳で。
「ふたりとも、ありがとう」
 と、その眼差しに応えるように、俺も笑った。
 それから俺たちは、大急ぎで片付けを終わらせて、踊り続けた。音楽をかけて、ふざけるように、笑い合いながら、だけどだんだん本気になって、上着を脱いで汗だくになったりしながら、一晩中を過ごした。いつの間にか誕生日が終わってしまっていたことにさえ気づかなかった。足がもつれても、汗で滑っても、俺たちは踊ることをやめなかった。やめられなかった。楽しくて堪らなかったから。
 きっと俺たちは、生きている限り踊り続ける。
 ふたりとなら、きっと、いつまでも。