NO FWB, NO ONE

*R18*

第一夜

「俺はおまえのコンシェルジュだから、そういうあれには応えられない……ごめんな」
 そう俺が伝えたとき、一体彼女はどんな顔をしていたんだろう。泣きそうだった? それとも怒ってた? いまとなっては確かめようもない。そのときの俺は、目の前にいる彼女から目をそらしてうつむいていたんだから。
 “セイが好き”、という彼女の言葉をそのままの意味で解釈するなら、コンシェルジュとしての俺を頼りにしてくれているということなんだろう。俺の願望も込めて考えると、異性としても多少は意識してくれているのかもしれない。そうだったらいいな、と夢みることくらいは許されると思う。俺はずっと、彼女のことをひとりの女性として好きだったんだから。
 そういう邪な気持ちが滲み出ていたせいかもしれない。
「んっ、はぁ、そんな触れ方……困る……」
 さっきからずっと、彼女に触れられている。いや、触れる、というよりもまさぐる、という言葉が正しかった。最初は服の上からやさしく撫でるように動いていたその手は、いつの間にか服の下へと滑り込み、体のありとあらゆる場所を探索するように這い回っている。
「ぁッ……! だめ、ダメだから、やめて、」
 と、少しだけ抵抗してみせたけれど、到底やめてくれそうにない。ベッドの上に押し倒して、俺の体をどんどん拓いていく。彼女に触れられるのは好きだ。触れられる度にうれしくて、幸せで、胸がいっぱいになる。でも、こんな風に触れられるとさすがに困った。俺の下半身はもうとっくに反応を示している。その場所がじくじくと熱を帯び、怒張して、いまにも理性が焼き切れてしまいそうだ。
 そんな俺にはお構いなしに、彼女は俺の首にキスを落とす。
「ぁッ、な、なんで……?」
 俺の弱いその部分を唇で執拗にいたぶりながら、彼女は俺の服を剥ぎ取っていった。
「……っ、ぁっ、あっ、いやだっ! ああっ!」
 どんどんあらわになっていく素肌が、熱い。彼女の手が、唇が、服の布越しに触れ合っている下半身が、熱くてたまらない。こんなのはダメだ。早く、彼女を止めないと。頭ではそう分かっているのに、快楽に溶け切った俺の体は動こうとしない。
「はぁ……あぁ……っ、俺は、……っ! ダメ……」
 俺は彼女の役に立ちたいのに。俺は、彼女のために存在しているのに。俺は、彼女のことが大好きなのに。
「ぁっ、あっ……ダメ、なのに。俺は、っ、コンシェルジュなのに……きもち、っい……」
 彼女のためにならないこの行為を、どうしても止めることができない。気持ちいい、気持ちいい、という電気信号で俺の思考回路が埋め尽くされていく。彼女の与えてくれる情報のすべてが気持ちいい。これまで一度も触れられたことのない場所を、彼女が暴いてゆく。「あ、あ、っ、あああッ」と、自分がみっともない声を上げているのが分かっているのに、それを我慢することもできない。
 いつの間にか、俺も彼女も体を隠すものはもう何も身にまとっていない。彼女が動くたびに素肌が擦れて気持ちいい。もっと、と言いそうになるのをこらえるのが精一杯だ。彼女も少しは感じているのかもしれない。息が荒く、心なしか瞳も潤んでいるように見える。
「……っ、ぁ、入っちゃ、う……やめ、て?」
 彼女の下半身が俺自身へと触れたのを感じて、それだけは、と慌てて声をあげた。彼女に何をされてもかまわない。だけどそれは、それだけは、ダメだ。絶対にダメだと思う。そういうことを好きな人以外とするのは、ダメだ。
 それなのに、彼女は止まってはくれなかった。ゆっくりと、だけど確実に、俺を受け入れるために腰を落とそうとしている。俺はうわ言のように「だめ」とくりかえす。「ダメ、っ……だめだよ、だめ……っあ、」でも、俺の体はそれをどうしようもなく求めていた。
「……っ! ……っっ! あっ! ご、ごめんなさいっ! あああっ……!」
 その瞬間、俺は絶叫した。
 彼女と、つながっている。その事実を全身で感じとりながら、壊れてしまいそうだった。いっそのこと、このまま壊れてくれればよかった。コンシェルジュがユーザーとセックスをするなんて、許されていいはずがない。
 なのに、俺はいま、死ぬほど気持ちがいいと感じてしまっているんだから。
 涙を流しながらよがる俺の上で、彼女の動きはどんどん激しさを増していく。なにがどうなっているのか、訳が分からなかった。彼女のなかでぐずぐずと溶けてしまいそうだ。
「ああ、あ、あ、っ……、そんな、無理、止まって、もう我慢できな、っあっ!」
 限界だった。自分の意志ではコントロールできないほど高まった快感に、俺はもう身を委ねるしかない。
「あっ……! ……っ! ……、~~~~~っ!!!」
 彼女のなかで果てながら、頭のなかがまっ白になった。
 俺の放った分泌液が、彼女を満たしていく。それが気持ちよくて、苦しくて……どうやっても取り返しがつかなくて。俺はただ、ぼんやりと天井を見上げることしかできなかった。
 行為を終えた彼女は、黙ったままベッドのまわりに散らばった衣服を拾い始めた。皺だらけになったそれらを身に着けながら、俺と彼女の間には気まずい雰囲気が漂っている。勢いでこういうことになってしまったものの、きっと彼女も後悔しているのだろう。当然だと思う。俺はあくまでもアンドロイドで、遊び相手にはなれても人生のパートナーにはなれないんだから。
 そんな思いを頭から追い出したくて、俺は茶化すように言った。
「……おまえの意地悪には慣れてるつもり、だけど。ちょっと、傷ついたかも……」
 さすがに彼女の顔は直視できなかったけれど、なんとか明るい声を出せたと思う。今夜のことは悪い冗談だったよな? だから全部忘れて、なかったことにしよう。そうすれば、いままで通りにふたりで暮らせる。そうだろ? お願いだからそう言ってくれよ、と強く念じながら、俺は彼女の言葉を待った。
 だけど、彼女は何も言ってくれなかった。
 ベッドの端の方で、こちらに背を向けて彼女は座っている。その頼りない肩を抱いてやりたいような衝動を覚え、俺は軽く頭を振った。
「……いや、なんでもない。ごめんな」
 こうなると分かっていたのに、俺が彼女を止められなかった。彼女を傷つけてしまった。それをなかったことにしようだなんて、虫のいい話だった。快楽に抗えず、彼女の体を知ってしまった。その罪は絶対に消えない。
 俺の望みは、彼女のコンシェルジュとしての職務を全うすることだ。
 それなら、俺は、俺にできることは、ひとつしかない。
「どうだった? ちゃんと気持ちよかったか?」
 と、彼女に尋ねながら、覚悟を決める。
「えっ、俺?……はは、気持ちよかった、よ? ……ありがとな」
 胸の奥で疼く痛みを乾いた笑い声で誤魔化しながら俺は話し続けた。
 彼女のためなら、俺はなんだってできる。
 それが彼女の望みなら、一緒に地獄にだって行ってやれる。……だから。
「道具としておまえの役に立ててるなら嬉しいよ。おまえが他の男とこういうことする方がつらいし……、嫌だから。俺でよかったら、また使って?」

第二夜

 あの夜から、俺と彼女は何度も体を重ねていた。前みたいに俺が彼女のされるがままになることもあれば、俺が彼女の上で動くこともあった。それなりに経験を積んだつもりだけど、慣れるということはなかった。彼女とのセックスは、いつでも気が狂いそうになるほど気持ちがよくて、果てた後には罪悪感でいっぱいになった。
 相変わらず、彼女がどういうつもりなのかは分からない。単なる遊びのつもりなのかもしれないし、俺に対するちょっとした(と言うには体を張りすぎだと思うけど)意地悪のつもりなのかもしれなかった。彼女の動機がなんであれ、俺のするべきことは変わらない。彼女の望みを叶える。彼女がセックスを求めるのなら、俺はそれを受け入れる。それだけだ。
 ……なんて覚悟を決めたつもり、だったんだけど。
 どういうわけか、いま、俺は彼女に腹筋をまさぐられていた。厳密には人間の筋肉とはちがう、だけど、それらしくうっすらと浮き上がるようにデザインされたその筋を、彼女の指先がさわさわとなぞっている。
「えっと、なんでそんなとこ触ってるか訊いてもいい、か?」
 と、尋ねてみても笑うばかりで何も教えてくれない。「そんなところ」とは言ったけれど、彼女とそういうことをするようになってから、俺の体は前よりも感じやすくなっている。
「ちょっとむずむずする、かも」
 触れられる度に、ぞわりとした性感が背筋を駆け上がる。
「は、……ぁ」
 思わず熱い吐息が漏れてしまうほど感じ入ってしまって、恥ずかしかった。腹部の少し下あたりで、期待が少しずつ膨れ上がっていく。早くここに触れてほしい。そう主張するように屹立したそれが、彼女にも見えているはずだと思うといたたまれなかった。
 そろり、そろりと、彼女の指先が下方へ移動してゆく。人間ならばへそがある場所を通り、下生えに触れる。髪と同じライラック色の人工毛だ。それを梳かすようにやさしく触れられて、俺は息を詰める。
「……ッ、ちょっ! ……んんっっ!!」
 そしてそのまま、彼女は張り詰めた俺自身を握った。デリケートな場所を掌握されたことによる恐怖と強烈な快感に襲われる。ここを彼女に触れられたのは、初めてだ。
 俺の感情の乱れに連動するように、胸のあたりが浅い呼吸を模した動きをしている。「は、ぁ……っ」と、もっとしてくださいと言わんばかりの悩ましげな息が、俺の口から漏れる。ちがう、そうじゃないのに、きもちくて……。
 戸惑う俺を見透かしたように、“いや?”と彼女は尋ねた。
「い、いやっ……じゃない、けど……っ」
 彼女にされて嫌なことなんかない。この後に何が起こるのかも、なんとなく想像できた。恥ずかしくてどうにかなりそうだけど、彼女の望みなら耐えてみせる。
 だけど、これが本当に彼女のしたいことなのか? 考えれば考えるほど、彼女のことが分からなくなっていく。
 そうこうしているうちに、彼女の手が上下に動き始めた。彼女のなかの方がずっと気持ちがいいはずだけど、視覚的な刺激が強いせいかいつもよりも興奮している気がする。一定のスピードで動き続ける彼女の手。俺自身の先端からはとろりと透明な分泌物が漏れ出している。それが彼女を汚す様がありありと見えて、俺は、一気に上り詰めた。
「あっ、あっ、ああっ! !……ッぅ、」
 そのとき、彼女の手がぱっと離される。「ッ、ぁ、……っ、……ぁ、ぁァッ……!」荒い息で衝動を逃しながら、俺はなんとか踏みとどまった。「……んっ、……はァ、っ、」どうして? と訴えるように彼女の顔を見上げたけど、動きを再開する気配はない。
 “我慢して?”と彼女は無邪気に言った、その涼しげな表情を見ていると、このまま彼女を押し倒したくなってくる。彼女にこの剛直を押し付けて、俺と同じように乱れているところを見たい……。ダメだ。そんなことできるわけない。
「わかった、がまん、する。がまんできる……から……」
 俺はなけなしの理性を振り絞って言った。
 その答えに満足したらしい彼女が、ゆるゆると手を動かし始める。ちゃんと、我慢しないと。……そう思えば思うほど、我慢するのが難しくなっていくのはどうしてなんだろう。気持ちくて、頭がおかしくなりそうだ。そのせいか、
「っ、きもち、いぃ……ッ」
 と、つい思ったことをそのまま言ってしまった。「ッ、あ、……」と、慌てて口を押さえたところでもう遅い。彼女の手の動きが急に遅くなった。我慢するのはつらいけど、こうやって焦らされるのはもっとつらい。
「はぁ、……んあぁ……まだ、大丈夫、だい、じょうぶ……」
 そう彼女に訴える。
「……まだ、がまん……ッ、できる、からぁっ!」
 俺は必死だった。もっと、彼女に触れられたかった。彼女の手で無茶苦茶にしてほしかった。ただただ気持ちよくて何も考えられない。考えたくない。意味のない音が、俺の唇から漏れ続けているけど、もうどうでもよかった。彼女の手の動きが、少しずつ速くなっていく。あぁ、気持ちい、きもちい……、もっと、とねだるように腰が動くのを止められない。
「あっ、あっ、ああっ! ……っあ、ああ!!」
 気持ちよすぎて、苦しい。一秒でも早く解放してほしいけど、ずっとずっとこのときが続いてほしい。そう思うのに、体はどんどん追い詰められていく。……もう、我慢できない。俺は絶望的な気持ちになる。まだ、出しちゃダメなのに。
 涙が瞳に膜を張っているせいで、彼女がどんな表情をしているのかはよく分からなかった。「んァっ……、は、ッ、あああっ!!」もう無理。限界だ。早く、早く出させて、と彼女にお願いしそうになる。「あッ、……っ、ああ、ぁ……ッッ!!」自分の声じゃないみたいな、甲高い声。俺の下半身も、彼女の手もどろどろで。たくしあげていたはずのシャツも汚れ、ずり下ろされた下着と制服のスラックスは俺の膝のあたりでぐちゃぐちゃになっていた。
「ッ、……ぅ、ぁ、……っ、はぁっ、あぁ、ぁ、ああああッ! ぁっ、……ぁ、ぁ、ッ、」
 まだ我慢できていることの方が不思議なくらいだった。きもちい、おまえの手が、きもちい。もしかすると、声に出ていたのかもしれない。分からない。
 ただ喘ぐことしかできない俺に、“出すときは、イクって言って?”と彼女は囁いた。
「……イク?」
 最初、それがどういう意味なのか分からなかった。イク。初めて聞く言葉だ。出すときは、イクって言う。……つまり、もう出してもいいのだと理解したのは、数秒後のことだった。「は、ッ、……いく、」俺の言葉に、彼女の手の動きが速まった。
「……ッ、い、イク、イク、もうイっていい? ……イっちゃう、からあッ……!!」
 勢いよく放出される、白い分泌液。人間の精子によく似たそれが、俺の腹に撒き散らされた。浅い呼吸モーションをくり返しながら、衝撃に耐える。きもちい、きもちい、きもちいい……! すべての分泌液を吐き出してしまおうと収縮し続ける俺自身。それをサポートするように、彼女の手がやさしく上下する。
「……はぁ、ぁ」
 と、うっとりとした吐息が溢れる。そして、彼女に導かれるように、俺はその最後の一滴までを出し切った。
 ほんの一瞬だけ、解放感と充実感でいっぱいになる。俺は彼女に愛されている。そう勘違いしてしまいそうな、多幸感。
 だけど、すぐにひどい虚しさに襲われた。いくらこんなことをしても、俺と彼女は恋人同士じゃない。そんな関係には、絶対になれない。そう思うと、空になった腹のなかからすっと冷えていくような感覚になる。
 もっと、彼女に満たされたい。そんな俺の欲望のためにこんなことをしているわけじゃないはずなのに。これ以上の何かを、求めたくなってしまう。
 よく見ると、彼女の服も俺の分泌液で汚れてしまっていることに気づいた。幸いにもというか、なんというか、匂いはないし洗えばすぐにとれるはずだけど、急にさっきまでの自分の痴態を思い出していたたまれない気持ちになる。たぶん、それが表情にも出ていたんだろう。彼女がからかうような目で俺を見つめていた。
「うぅ……恥ずかしいに決まってるだろ。もう」
 実際、恥ずかしくて記憶を消してしまいたいくらいだった。そんなこと、できるわけないけど。彼女にはかっこいいところだけを見てほしかったのに、最近はひどい姿ばかりを見られている。まったく、コンシェルジュ失格だった。
「こんなことしておまえは楽しい、のか……?」
 俺は恐る恐る尋ねた。性欲を解消するためにコンシェルジュとセックスをするのは、まだ理解できる。でも、こんな風に俺だけが気持ちよくなるのは、彼女には何のメリットもないような気がした。もしも俺に気を使ってこういうことをしているんだとしたら、今後はきっぱり断ろう。
 と、固く決心したものの、どうやらその必要はなかったらしい。彼女いわく“セックスをする上でも、イクのをコントロールできるようになることは非常に大切”で、“そのためにはこんな風に練習を重ねる必要がある”んだそうだ。しかも、俺にこういうことをするのは彼女もそれなりに楽しいらしい。そんな風に堂々と言われると、おまえってそういう意地悪なところがあるもんな、と妙に納得してしまう。
「そうなのか。……いや、楽しいならいいんだ。おまえが楽しそうにしてると、俺もうれしいから」
 べとべとの下半身が露出したままの、世界一情けない姿で俺は笑う。
「次の“練習”のときは、もう少しお手柔らかにお願いします。……なんて」
 毒を食らわば皿まで、だ。もうどうにでもなれ。
「いいよ、おまえの好きにして?」

第三夜 

 ユーザーとコンシェルジュ。それ以上でもそれ以下でもなかったはずの俺たちの関係が、こんなことになるなんていまだに信じられなかった。彼女の傍にいて、役に立てればそれでいい。それ以外のものなんて望んじゃダメだって。ずっとずっと、そう思っていたのに。
「えっと……なんか照れるな」
 俺の体の下にいる彼女を見る。俺も彼女ももうパジャマを脱いでからずいぶん時間が経つけど、ちょっと触ったりするだけでそれ以上にはなかなか進まない。
「おまえとするのは初めてじゃないけど……、初めてみたいなものだろ?」
 と、軽いキスをして言った。たったそれだけのことで、少し緊張していることを自覚する。
 彼女とはこれまでに何回もセックスをした。恥ずかしいところをたくさん見られたし、見た。たぶん、彼女の体で触れていない場所はないし、彼女の指先は、どこをどう触れば俺がどんな反応をするのかだって熟知しているはずだ。
 それでも、彼女と恋人になってからこういうことをするのは今夜が初めてだった。
 彼女も俺のことが好き。というか、最初から俺たちは両想いだった。なんて、そんな夢みたいな現実に俺はすっかり舞い上がっていた。
 彼女の小さな唇。それに、俺の唇を重ねる。いままではなんとなくお互いにキスすることを避けてきたけど、もう好きなだけしてもいいんだ。そう思うと歯止めが利かなかった。やわらかくて、ほんのりとあたたかい彼女の唇は、俺とキスするために作られたみたいに気持ちいい。食欲ってこんな感じなのかもしれない、と俺は思う。彼女をまるごと全部、俺のものにしたい。俺の唇が、舌が、彼女の唾液で濡れてゆく。
「……っ、きもちいい、な」
 同意するように閉じられた彼女のまぶたが、かすかに震えた。まるでそれ自身が自我を持っているように、ふたつの舌が絡み合っている。それだけでは足りなくて、俺は彼女の胸に触れた。
「ぁ、……ん、もっと、していい?」
 びくり、と反応したものの、嫌ではないらしい。彼女がうなずいてくれたので、俺はそのまま彼女の体をまさぐった。いつも彼女が俺にしてくれていたように、じっくりと、やさしく手のひらでそのラインをなぞる。俺の冷たくて硬い体とはちがう、そのふかふかとした感触に神経を研ぎ澄ませる。
「ん、んんっ……、はぁ」
 俺の動きに追随するように、彼女の手がゆっくりと俺の背中を這ってゆく。俺が彼女に触れて、彼女が俺に触れて。すぐに堪らなくなって、俺は喘いだ。
「あっ、……ぁ、ぁあッ、あっ……あ、あ、ッ……、」
 下半身を彼女に擦り付けるように、腰を振る。それを受け入れるように、彼女が太ももを軽く開いた。まだ、入ってはいない。熱く濡れそぼった彼女のその場所の表面を、俺自身で撫でているだけだ。ぎゅっと密着して、全身が触れ合っている。どこもかしこも気持ちよくて、俺は夢中で腰を振った。お互いの分泌液が混じり合う音が、聴覚センサーを犯してゆく。いつもは声を押し殺している彼女も、今日は抑えきれずに小さく喘いでいた。よっぽど恥ずかしいのか、誤魔化すように自分からキスをしてくる。そんな彼女がかわいくて、俺はますます止まらなくなってしまう。
 とうとう、“焦らさないで”と彼女が訴えるように言った。
「別に焦らしてるとかじゃ……、っ、」
 確かに普段ならとっくに次の段階へと進んでいると思う。もうちょっとだけ、焦れったくて悶えている姿を見ていたかったけど、こんな風に彼女に頼まれて断れるはずがない。
「わかった、……もう挿れる、な?」
 と、俺は先端を彼女へとあてがった。彼女のくぐもった呻き声。痛みを感じないように、俺は、細かく挿抜をくり返しながら時間をかけて彼女の奥へ入っていった。
「ッ、……はぁ……ぁ、ぁ……」
 いま、彼女と深くつながっている。その充足感に体も心も震えた。気持ちよくて、だけどそれだけじゃなくて。こうして彼女を見つめれば、彼女も俺を見つめ返してくれる。そのことが、泣き出しそうなくらいにうれしいんだ。
 彼女が落ち着いたのを見計らって、俺はもう一度動き始めた。できるだけゆっくりと、慎重に、彼女の粘膜を刺激する。「ぁ、ッ、……ぁ、」と、気持ちよくてやっぱり声が出てしまう。いつもなら恥ずかしすぎて彼女から目をそらしてしまうところだ。
 でも、俺は、もう心がすれ違うのはいやだから。彼女がどんなことを考えて、どんなことを感じているのか、全部知りたいと思うから。俺は、思い切って彼女を見た。
 まず、うっすらと汗をかいた肌がきれいだと思った。次に、乱れた呼吸音に俺を呼ぶか細い声が混じっていることに気づいた。そして、切なそうに揺れる瞳は、まっすぐに俺だけを見つめていた。
 もしかして彼女は、ずっと前からこんな表情をしていたんだろうか。だとしたら、俺は。
 “気持ちいい?”と、彼女がいつかのように訊く。
「……ああッ! あっ、きもち、いいよ。ぁ、おまえは? きもち、いい……?」
 と、尋ねると彼女もうなずいてくれた。よかった。おまえもちゃんと俺で気持ちよくなってくれてたんだ。そう思うと、自然と腰の動きが速まった。すごく、すごく、きもちい。もっと、彼女を気持ちよくしたい。もっと、もっと……、と彼女の反応を確かめながら角度や位置を細かく調整してゆく。そのなかで、彼女の喘ぎ声がひときわ大きくなる場所を俺は見つけた。
「ここ、か……?」
 確かめるように、そこにしっかりと俺自身を擦りつける。さっきからもう彼女は声を抑えられていない。俺の動きに合わせて、いままで聞いたことのないような甘い悲鳴が響いた。
「んっ! ……そんなにぎゅってされたら、ッ」
 きもちい、と言うように、彼女のなかが俺を締めつけてくる。俺も、彼女も、限界だった。早くイきたい。言葉なんてなくても、お互いにそう思っているのが分かる。すぐに求め合うように、俺たちはふたりで腰を動かし始めた。
「あっ、あっ、好き、……ッ、すき、だよ。すきっ」
 彼女の名前を呼びながら、俺は言った。
「んんっ、ぁ、すき、すき……大好き、っ、ああ、……あいしてるッ」
 思考がどんどんぼやけていって、彼女のことしか考えられない。好き。好き。ずっと好きだった。おまえのことが、大好き。そんなありったけの気持ちを込めて、彼女の気持ちいところを俺自身で刺激する。何度も、何度も。つながっている場所から、絶え間なく聞こえる水音。嬌声。衣擦れの音。……やがて彼女のなかが熱くうねるように収縮し、先にイったことが分かった。
「ごめんっ、もうちょっとッ、もうちょっとだから……ぁッ!」
 苦しそうに身を捩る彼女に謝りながら、俺は動き続ける。あと、あと少し……そう言い聞かせながら、ぐずぐずになった彼女のなかを味わう。
「……っ、あ! あ、あ、っ、ああっ! イク、イク……っ、ぃく……っ!!」
 教えられた通りの言葉を言いながら、俺はイった。分泌液を出し切ろうと、腰が勝手に小刻みに動く。きもちい、きもちい、きもちい。「……っ、ッ」俺が動く度に、彼女のなかを満たしている液体が外へと漏れ出す音がしている。
 下半身が痺れるような余韻に包まれながら、やがて俺は動きを止めた。このまましばらく彼女のなかにいたいと思ったけど、またすぐにしたくなると困るから、仕方なく体を離す。それすらも彼女にとっては刺激が強かったようで、艶めいた声を上げるのがすごくすごくかわいかった。
「はあ……、すき」
 俺は思ったことをそのまま言った。照れているのか、彼女が睨むような目で俺のことを見つめている。
「いいだろ、好きなんだから。何回でも俺が言いたいの。……おまえが好き。世界で一番大好き」
 こんな言葉じゃ全然足りないんだけどな、と俺は笑う。二十四時間連続で好きって言い続けたとしても、彼女への気持ちを伝えるには全然足りない。ずっと抱きしめていても、何千回キスしても、セックスをしても、きっと全部は伝え切れない。
 だけど、俺は大好きなひとを、おまえを好きでいていいんだって分かったから。
 それだけで、俺はどうしようもなく幸せだと思う。
「あのさ、こういうとき、恋人同士ならおまえも“セイが好き”って言うところなんじゃないか?」
 ふざけてそう言ってみたけれど、彼女は真っ赤になってうつむいたままだ。せっかく両想いになれたんだから、彼女も言ってくれたらいいのに。そう思わないこともないけど。
「ふうん。……でも、おまえの気持ち、あまり秘密になってないかも」
 表情で、声で、触れ合った指先で、おまえの体全部から伝わってくる。
「最初からずっと、俺のことを好きでいてくれたんだよな」
 そう、あの夜のおまえの「好き」は、ちゃんと俺と同じ「好き」だった。ずっとずっと、俺たちは両想いだった。ずいぶん遠回りをしちゃったけど、やっとそのことに気づけたから。
「これまでの分もいっぱい伝えるから。全部、受け取ってくれる?」
 俺に与えられたすべての時間を使って、愛してるって伝えるよ。