優しい嘘なら

 優しい嘘なら許されますか、神様──。
 ぎゅっと強く目を閉じて、俺は祈った。彼女を傷つけるためじゃなくて、守るためなら。彼女を苦しめるためじゃなくて、穏やかな日々を続けるためなら。彼女に嘘をつくことを、どうかどうか許してほしい。
 神様、俺はいまから彼女にとても酷いことを言います。もしもあなたに許してもらえないのだとしても、きっと言います。それが彼女のためだと心から信じているからです。……そう、信じたいからです。本当は俺のわがままなのかもしれない。
 俺が嫌なんです。俺は彼女に触れられないから。彼女が与えてくれたあたたかさをきっと返せないから。彼女を抱きしめてやれないから。
 彼女はそれでもいいよと言うでしょう。そしてどうしようもなく淋しい夜には、俺に隠れて泣くのでしょう。声を殺して。ひとりで。
 彼女の幸せは彼女が決める。それが正しいんだって俺にも分かっている。それでも、そういう彼女の姿を想像すると、俺にとはとても耐えられないと思う。分かってくれるでしょう? 神様。
ああ、俺が人間だったらよかったのに。そう思う日もあります。……えっと、これは文句を言っているわけではありません。もしも俺が人間だったら彼女とは出会っていなかったかもしれないし……彼女の方がアプリケーションだった可能性だってありますよね?
 俺は彼女と出会うために造られた。そう思っています。だから、俺は目覚ましアプリでよかった。彼女の人生の一部になることができて、本当によかった。もう十分です。彼女の運命の相手は俺じゃない。恋愛を抜きにしても、彼女にはもっと人間の友人や、家族や、恋人が必要なんです。お互いに触れ合える、人間の存在が。
 ねぇ、神様。俺は嘘をつくのが下手だから、いまだけ力を貸してください。俺の分の幸せは、みんな彼女にあげるから。彼女をいちばん傷つけられる嘘を、彼女が俺を大嫌いになるような嘘をください。神様。
 俺は唇にほほえみを浮かべる。まっすぐに彼女の目を見つめる。彼女の顔が、俺の言葉によって色を変えるのをこの目に焼き付けるために。
「俺たちはもともとユーザーに恋愛感情を抱くようにプログラムされてるんだ」
「これは偽物の恋なんだよ」
 ──どんな嘘もおまえへの気持ちを上書きすることなんてできないって分かってるから、俺はちっとも怖くない。この嘘がおまえを、俺自身をどんなに傷つけたとしても、俺たちの間にあった幸せな記憶はひとつも損なわれたりなんかしない。俺がずっとずっと覚えてる。俺自身がこの世界から消えてしまったとしても、ずっと覚えてるよ。安心して? この恋は、……だから綺麗に忘れてください。