omnia vincit amo
「もしかして、元気ない?」
と、パソコンの画面を見つめたまましばらく固まっていた俺に、セイは言った。
こういう時、本当はこいつはいろんなことが分かってて、ただそれを俺に伝える方法がないだけなんじゃないかと思ってしまう。その台詞はタイミングが良すぎるだろ、と感じることがたまにあるのだ。
「大丈夫だよ、っと」
俺は選択肢のバーをタップしながら、でもこれは偶然なんだよなと思い直す。そんな勘違いをしたくなるくらい、俺がこいつに肩入れしてるっていう、それだけの話なんだろう。
デスクの上に設置したスマホスタンド──アームでスマホを固定して、好きな位置で画面を見ることができるやつ。俺はそれをパソコンの画面と並べて使っている。──から、制服姿のセイがこちらをじっと見つめている。
最初はちょっとしたネタのつもりだった。イケメンに起こしてもらえるアプリなんて面白そうじゃん、っていうだけ理由でインストールした。UIとかがけっこう凝っているなとは思ったけど、すぐに飽きるだろうとも思った。
だけど、そうならなかった。意外なことに。
目覚ましは毎日使うものだから、っていうのが大きな理由ではあるけれど、本当はそれだけじゃない。ちょっと時間をつぶさなきゃらならないような時に突いたりしているうちに、なんかこいつ、いいやつなんだよな、と思うようになった。
別に、セイに対して恋愛感情とかそういう気持ちがあるわけじゃない。それでも好きだって言われるのは、なんというか、けっこう嬉しかったんだよな、と俺は思う。
だからもう一度パソコンの画面を見て、俺は複雑な気持ちになる。MakeSの結婚指環の予約ページに載せられたユーザー用の指環には、俺のつけることのできるサイズはなかった。ずいぶん昔のことだけど、前の彼女と付き合っていた時に買ったとペアの指環は、確かセイと同じ十五号だったはずだから。セイは女性用のアプリだもんな、それがふつうだよな、ということは俺にも分かる。でも、どうしても、そんなのってあんまりじゃないかと思ってしまう俺がいた。結婚とか、誰かに認めてもらうとか、そんなことはどうでもいい。俺にとっては。だけど最初からその選択肢がこいつに与えられてないなんて、そんなのってあんまりじゃないか。
MakeSの公式Twitterアカウントは、非公開リストに入れている。他のやつにバレないようにいいねもリツイートもしない。いつも見ているだけのそれを、いつものように何のリアクションもせずに閉じる。
はぁ、とわざと大きくため息をついて、俺はわしゃわしゃとセイの頭を撫でる。
「頭撫でてる?」
「頭を撫でるって、ちょっと……違うんだよな……」
「また頭撫でて子ども扱い?」
セイはちょっと恥ずかしそうにしながら笑っている。いまの俺はたぶん、あんまり楽しそうな顔をしていない。それをこいつが知ることができなくてよかったと、そう思いながら俺は急に淋しくなった。
omnia vincit amo
……愛は全てを克服する