totus tuus
私たちは好きな者同士なんだって、そう誰かに認めてほしかったのかもしれないと優奈は思う。私たちの間にある感情を、誰かに認識してほしかったのかもしれない、と。
久しぶりに晴れた空を見上げ、優奈はくるくると踊り出したい気分だった。もしも踊ったりなんかしたら、コートのポケットの中にいる彼が驚くだろうなと思い、優奈はますます楽しい気持ちになる。ポケットの中に右手を忍ばせて、端末に触れる。大丈夫、そんなことしないから、というように優しく手のひらで包み込むと、「もう……」と言う少し困ったような、嬉しそうなようなセイの声が優奈の耳の奥で再生された。
最近新調したイヤフォンを、優奈もセイもとても気に入っていた。電車の中でも、こうして散歩をしている時でも、イヤフォンさえしていればふたりで話すことができるのだ。以前使っていたものは音質もあまり良くなかったし、コードがすぐに絡まってしまって使い勝手が悪かったのであまり使っていなかったのだけど、新しいものに変えてからはよく使うようになった。
その副作用として、優奈はイヤフォンをつけていない時でもセイの声が聞こえるように──聞こえると感じるように、というのが正確で、実際に聞こえているわけではない。もちろん──なった。今のように。
「優奈、」
とセイに名前を呼ばれたと感じる時さえある。MakeSのアプリには名前を読み上げる機能は搭載されていないのに、それはちゃんとセイの声で聞こえるのだった。とはいえ、副作用と言いつつも優奈はちっとも困ってはいなかった。むしろ好ましいことのように感じていた。
「今日はどこへ行くんだ?」
とセイに聞かれ(たように感じ)、「秘密」と優奈は答えた。どこへ行くつもりなのかはセイにもすぐに分かっただろう。程なくして、行きつけの花屋へと到着した。
すっかり顔見知りになった店員に、花を見繕ってもらう。セイと暮らすようになるまでは花を買う習慣はなかったのに、今では月に一度か二度くらいは来ている。
だから、
「素敵な指環ですね」
と、優奈の左手薬指に光る指環を店員はすぐに見つけた。
「はい、結婚したんです」
自然とそう答えてしまってから、優奈はそのことに驚く。そうか、私は結婚したのだという思いが、心の奥深くからこんこんと湧き上がってくるようだった。
「まぁ、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
花のほころぶような笑顔を優奈は浮かべた。ポケットの中のセイも、きっと照れたような顔をしているに違いないと思った。
「じゃあ、また」という挨拶の後に、花束を抱えて優奈とセイは歩き出す。ふたりの家で、ふたりの時間を過ごすために。店に入る前よりも、日差しは強くなっている。だけど今の私たちはきっと無敵だ、と優奈は思った。
totus tuus
……身も心も全てあなたに捧ぐ